ノンテクニカルサマリー

日本の生産ネットワークにおける経済的なストレス伝播に関するDebtRank解析

執筆者 藤原 義久 (兵庫県立大学)/寺井 優晃 (国立研究開発法人理化学研究所)/藤田 裕二 (株式会社ターンストーンリサーチ)/相馬 亘 (日本大学)
研究プロジェクト 物価ネットワークと中小企業のダイナミクス
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「物価ネットワークと中小企業のダイナミクス」プロジェクト

生産ネットワークにおける企業間の取引関係は、経済的ストレスを受けた企業からその仕入先へ、典型的には売掛金などの信用関係を通じた経済的なストレス伝播の経路となる。倒産の事象は容易に観測できるが、その背後に生じている経済的ストレスは時に連鎖倒産に代表される深刻な波及効果をもつと考えられるので、そのモデルやシミュレーションを行い、システム全体のモニタリングを行ったり、予測につなげていくことは重要な課題である。

DebtRankは銀行間の信用ネットワークにおけるシステミックリスクの解析や評価のための指標で、欧州の金融システムを中心に最近研究が進んでいる。一方、生産ネットワークは、たとえば日本国内では100万社以上の企業がノードを、数百万を超える取引関係がリンクを構成する大規模なネットワークであり、これまで研究されてきた銀行間信用ネットワークの規模をはるかに超えるため、その解析がなされていない。

本論文では、実データに基づいた生産ネットワーク上での経済的なストレス伝播のモデルとしてのDebtRankをスーパーコンピュータ上で実装、計算をして解析を行った。計算にあたっては、理化学研究所の計算科学研究機構が有する世界トップクラスの京コンピュータを用いた。

その結果、個々の企業のDebtRankについては、企業サイズとの強い正の相関において、企業サイズに対する非線形効果があり(図1)、大企業については単純な期待値に比べてより大きな経済的ストレスをシステム全体に与えることを見出した。また、産業セクターごとのDebtRankについては、セクターサイズとの相関に加えて、そのセクターの生産ネットワークにおける上流下流の位置と関係した相関関係からのずれがあることも分かった。さらに、DebtRank解析により、セクター間の依存関係を通じて脆弱性指標を定義することができ、より脆弱な部分の発見につながる可能性がある。

中小企業庁の行っている金融支援の1つとして、セイフティネット保証制度がある。中でも、連鎖倒産防止として、民事再生手続開始の申立等を行った大型倒産事業者に対し売掛金債権などを有していることにより資金繰りに支障が生じている中小企業者を支援するための措置が重要である。その一方で、保証支援のための予算制約からも経済システム全体に対する経済ストレスの評価に基づいた保証の選択と集中が必要であると考えられる。本論文で解析したDebtRankモデルやその拡張と検証はそのような評価のためのモデルとして活用することができる。

図1:約100万社企業ごとのDebtRank指標(縦軸)と企業サイズとの関係
図1:約100万社企業ごとのDebtRank指標(縦軸)と企業サイズとの関係。各点が企業を表す。企業サイズを与えたときのDebtRankの条件付平均値を赤色の点で示した。それより非線形な関係があることが分かる。
各点が企業を表す。企業サイズを与えたときのDebtRankの条件付平均値を赤色の点で示した。それより非線形な関係があることが分かる。