ノンテクニカルサマリー

公的・民間金融機関の審査方法に関する比較分析

執筆者 内田 浩史 (神戸大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011〜2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

公的銀行(公的金融機関:政府が株式を保有する銀行)は世界中に見られるが、相反するさまざまな評価を受けている。たとえば"development" viewと呼ばれる見方では、公的銀行は民間の金融が発達していない国において経済成長を促進すると考えられているが、"political" viewと呼ばれる見方では、公的銀行は政治家の影響を受け非効率な貸し出しを行うと考えられている(以上、La Porta et al. 2002)。また、公的銀行は経済・金融危機時に民間銀行を補完する重要な役割(セーフティネット機能)を持つと評価される一方で、平時には民間銀行の強力な競争相手であり民業圧迫を行っていると批判される。

このように、公的銀行に関してはさまざまな見方が混在しているが、こうした見方はいずれも暗黙の裡に、公的銀行と民間銀行が相互に代替的であることを想定している。もちろん一旦借り入れを受ければ資金は資金であり、貸し手による違いは存在しない。このため、両者が代替的だという見方には一定の根拠が存在する。しかし、近年のBanking分野の研究では、貸出技術(lending technologies)という考え方(Berger and Udell 2002, 2006など)に基づき、民間銀行の間ですら融資審査の方法や融資判断に違いがあることを明らかにしている。この考え方に基づけば、公的銀行と民間銀行との間にも貸出技術の差があるはずであり、この意味で両者は完全代替ではないことが予想される。

そこで本稿では、中小企業に対するアンケート調査から得られたデータを用い、民間銀行の貸出技術に関する分析手法(Uchida 2011)を公的銀行に応用することによって、日本政策金融公庫(中小企業事業)(以下「公庫」)と民間銀行(メインバンク)の融資審査を比較した。

本稿の最も重要な結果は、下記の表に示されている。アンケート調査では、対象企業に対し、表の(1)から(18)までの項目について、公庫と民間銀行が融資を行う際に、それぞれどれだけ重視しているかを尋ねている(回答は「非常に重視している」から「全く重視していない」までの5段階)。表に示された変数char_dif1からchar_dif18は、回答企業ごとに、公庫に関する回答(5(非常に重視している)から1(全く重視していない)までの数値に直したもの)から民間のメインバンクに関する回答(同)の差を取ることによって作成した変数であり、表にはその(差の)観測数(Number of obs.)、平均値(Mean)、標準偏差(Std. dev.)、最小値(Min.)、最大値(Max.)と共に、平均値の差の検定の結果(p値(p-value))が示されている。最右列の「***」印は、公庫と民間銀行との間で重視度の平均値に統計的に有意な差がある(有意水準1%)、つまり当該審査項目の重視度が異なることを表している。

表
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表から分かるように、多くの変数は公庫と民間銀行との間で統計的に有意な差がある。しかも、多くの変数では「Mean」(平均値)欄の値が負であり、公庫は民間銀行よりも重視していない。しかし、「(4)事業計画」「(5)工場・店舗等の現場視察」という2項目に限っていえば、平均値はプラスであり、公庫の方が民間銀行よりも重視していることが分かる。結果を全体的に解釈すると、公庫は「事業計画」および「工場・店舗等の現場視察」という2項目に特に焦点を当て、民間銀行よりも的を絞った深い審査を行っていることが分かる。

以上の結果は、公庫と民間銀行の審査は異なっており、たとえ同一の企業であっても異なる融資判断を行う可能性が高いことを示している。この意味で、公庫と民間銀行の融資は完全に代替的な物ではなく、また公庫は民間銀行の完全な競争相手とはいえない。特に、公庫が「事業計画」および「工場・店舗等の現場視察」を重視するという上記の結果は、公庫が「中小企業に対して政策的観点から長期貸出を行う」という自らの目的に合った審査を行っていることを示唆している。一般に「公的銀行による民業圧迫」という場合、公的銀行が民間銀行の仕事を全て奪ってしまうような印象を与えるが、上記の結果はむしろ公庫が民間銀行とは異なる視点で貸し出しを行っており、この点で民間銀行を補完していることを示唆している。

文献
  • Berger, A.N. and G.F. Udell, 2002, Small business credit availability and relationship lending: The importance of bank organizational structure, Economic Journal 112, pp. F32-F53.
  • Berger, A.N. and G.F. Udell, 2006, A more complete conceptual framework for SME finance, Journal of Banking and Finance 30, 2945-2966.
  • La Porta, R., F. Lopez-De-Silanes, and A. Shleifer, 2002, Government ownership of banks. Journal of Finance 62, 265-301.
  • Uchida, H., 2011, What do banks evaluate when they screen borrowers? Soft information, hard information and collateral, Journal of Financial Services Research 40, 29-48.