ノンテクニカルサマリー

家計債務問題による長期的な需要不足のモデル

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

国際マクロプログラム (第三期:2011~2015年度)
「経済成長に向けた総合的分析:ミクロ、マクロ、政治思想的アプローチ」プロジェクト

2008年~2009年の金融危機(Great Recession)は深く長い不況となったが、その原因は家計部門の過剰債務であるという主張が注目を集めている(アティフ・ミアン、アミール・サフィ『ハウス・オブ・デット』)。金融危機後には、欧米先進国の経済は何十年も続く長期不況に陥ったのではないか、という長期停滞(Secular Stagnation)仮説を多くの経済学者が唱えるようになっている。これらの議論のエッセンスを理論的に厳密なモデルとして提示することが本論文の目的である。この論文での理論仮説は「過剰債務によって、総需要が非効率なレベルまで抑制される」ということである。

通常の長期不況モデルでは、なんらかの技術的ショックで需要が低迷すると仮定する(たとえば、効用関数のパラメータが変化する、担保制約の担保率が下がるなど、家計や企業の経済活動の結果とは関係のない技術的な変化である)。本論文の理論モデルでは、「借入の増加」という家計の経済活動の結果として、借入制約がきびしくなり、そのため、消費が抑制されるという因果関係を示した。このことから、多数の家計が過剰債務に苦しむ金融危機後の経済では、総消費の抑制によって、総需要不足が長期的に発生することになる。この因果関係はモデルの中で出てくる理論的なものではあるが、非常に重要な政策的含意をもっている。なぜなら、過剰債務が需要不足の原因となるのならば、債務削減をすれば需要不足は解決するからである。本論文の政策的含意は、金融危機後に、大規模な債務削減(倒産処理や債権放棄を含む)を迅速に実施することが、経済成長を回復する有効な手段だということである。

このモデルでは、価格の硬直性がなくても、債務残高が大きいと、需要不足が持続する。したがって価格硬直性に依存するケインズ経済学による不況分析とは異なる視角から不況という現象を分析し、マクロ経済政策を構想することができる。特に、金融政策の分析において、債務または富の分布の変動が政策効果をもたらすことが最近の研究で注目されている(富の再配分が金融政策の効果をもたらすことを「再配分チャネル」という)。本論文のモデルは、再配分チャネルを分析するための、簡単な枠組みを提示している。

長期不況を債務の面から分析するこの理論モデルは、金融政策の評価などに対しても応用できる可能性があり、将来性は広がっているといえる。