ノンテクニカルサマリー

総合評価落札方式入札(スコアリングオークション)の構造推定

執筆者 中林 純 (東北大学)/広瀬 要輔 (明治学院大学)
研究プロジェクト サービス産業に対する経済分析:生産性・経済厚生・政策評価
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「サービス産業に対する経済分析:生産性・経済厚生・政策評価」プロジェクト

企業経営において、投入する財・サービスを良質かつ低廉なコストで調達することは重要な課題であることは言をまたない。とりわけ電力・ガス業や公共部門など、調達にかかる費用が組織活動費用の大部分を占める生産者にとっては、調達活動を効率的に行うことは経営を左右する死活問題である。競争入札は、そうした経営課題を達成することに合致した手続きであり、調達の分野ではきわめて広範に用いられている契約者選定方式である。本研究では、こうした競争入札のデザイン(方式)の違いが調達の効率性にどの程度差異を及ぼすのかについて、データを用いて実証分析する。

本研究で着目する入札方式は、価格のみならず納期や製造手法、アフターサービスといった価格以外の要素(以下まとめて「性能」という)も勘案して落札者を決定する総合評価落札方式入札(Scoring auction)である。総合評価方式入札では、応札者は価格と性能を入札する。発注側は、入札前にそうした価格以外の要素の類型化と各要素の評価方法(一般的には各要素を点数化する)、そしてそれぞれの要素と価格とを総計する一定の評価式(たとえば加重平均)を公表しておく。入札が始まると、各入札には評価式に基づいて算出された総合評価値が付与され、総合評価値の最も高い入札をした者が落札者となる。

総合評価方式は調達コストにどのような影響をあたえるのか? 価格のみで落札者を決定する価格入札では、要求する「性能」を調達する側が事前に定めるが、総合評価方式入札では応札する企業にそれを選ぶ自由を与える。この生産上の自由は応札企業間の競争を促進させ、結果的に発注者は価値の高い財・サービスを低廉な価格で調達できる。既存研究では、アメリカ道路庁の調達入札において総合評価方式を用いた結果、価格入札に比べて発注側の便益が20%程度上昇しているとする分析結果もある(Lewis and Bajari, 2011)。

本研究では、このような総合評価方式の入札結果データ(各応札者の価格およびその他の要素の点数に関する情報が含まれる)から、観察不可能な応札者の費用関数を構造推定し、推定した費用関数を元に異なる評価式や入札方式が導入された場合のインパクトを推定した。データは国土交通省が2010年度から2013年度に総合評価落札方式を用いて発注した一般土木工事の入札約7300件を用いた。評価式は除算式(総合評価値は性能ポイントを価格で除した値となる)が使われている。なお本分析では、この総合評価値の逆数(性能1単位あたりの価格)を総合評価方式で調達された契約の実質価格とし、これを価格入札の契約価格と比較することで、両者による調達コストの差を金額ベースで測定した。

推定された応札企業の費用関数の分布を元に、各入札における応札者数は不変と仮定して仮想分析を行った結果、総合評価入札は価格入札と比べて落札者の利潤を最大で40%程度高め、調達コストを最大で30%程度抑制する可能性が明らかとなった。また、評価式を除算式から加算式(総合評価値は性能ポイントと価格ポイント(入札上限価格を入札価格で除した値)の加重平均)に変更すると、調達コストの抑制は最大で0.3%程度となる可能性が明らかとなった。このコスト抑制効果は、そもそも除算式で過剰な性能(1.5%程度と推定)の契約が結ばれていたことが、加算式によって適正な水準となったことによる。

分析結果について注釈を加えたい。まず、調達コスト抑制の最大値は30%であるが、これは価格入札において応札者に要求する「性能」をどのレベルとするかによって大きく変動する。実は30%は要求性能を相当低く設定した際に得られた値で、もし要求性能を総合評価入札での契約上の性能と平均的に同等レベルに高めると、実は価格入札の調達コストは総合評価入札のそれとくらべて1%弱劣る程度にまで肉薄する。このことは、仮に発注者が応札者の生産可能な性能レベルについて熟知しているのであれば、より簡便な手続きで済む価格入札でも十分効率的な調達は可能であることを示唆する。

次に評価式の相違は、実は調達コストに大きな影響は与えないことがわかった。ただし除算式では加算式の評価式に比べてやや「過剰」な性能の契約が結ばれる傾向がある。これは、除算式では性能1単位あたり価格を応札者が決めることになる(すなわちプライスメイカーとなる)からで、応札者が原理的にこれを操作することができない加算式(すなわちプライステイカーである)にくらべて、応札者の利潤獲得機会が大きくなるからである。結果として契約される性能はやや過剰なものとなり、調達コストが上昇する。

最後に、最大30%の調達コスト抑制というのは過小評価である。というのも、落札者の期待利潤の増加は応札企業数を増やすことになるから、仮にこれらの調達を価格入札で発注していたとすれば応札者数はもっと少なかったはず(すなわち競争性がより低かった)で、上記の調達コスト抑制効果の最大は30%を超えていたはずである。

本分析では簡単化のため応札者数を不変と仮定して進めた。今後は、応札者数の変化もモデルに含めた分析を行い、総合評価入札による調達コスト抑制の効果についてより多面的な分析を行っていきたい。

図:推定された費用関数(擬似推定値による復元)の例
平成20―21新那賀川橋下部工事 5社入札

図:推定された費用関数(擬似推定値による復元)の例