ノンテクニカルサマリー

中国独占禁止法の運用動向―「外資たたき」及び「産業政策の道具」批判について―

執筆者 川島 富士雄 (名古屋大学)
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第II期)
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「現代国際通商・投資システムの総合的研究(第II期)」プロジェクト

はじめに

2008年8月1日施行の中国独占禁止法(以下「中国独禁法」という)が施行6周年を迎えた2014年8月、中国発展改革委員会は日本の自動車部品製造業者8社およびベアリング製造業者4社による2つの価格カルテル事件に対する処分を公表した。当該公表前後から、日本における報道では中国独禁法の運用が「外資たたき」「外資狙い撃ち」ではないかと紹介するものが目立つようになった。他方、米国商工会議所は2014年9月、中国独禁法に関する報告書を公表し、同法が競争政策でなく「産業政策の道具」として用いられていると厳しく批判した。

上記の背景に照らし、本稿は中国独禁法による公式処分の統計を紹介し、かつ、これら処分の具体的内容を検討することを通じて、その運用動向を把握し、かつ「外資たたき」および「産業政策の道具」といった批判が妥当するのかどうか検討する。

中国独禁法の運用動向とそれに対する日本の政策的対応

1. 中国独禁法の法執行は、価格独占行為、非価格独占行為および企業結合の大きく3つに分けられ、それぞれ国家発展改革委員会、国家工商行政管理総局および商務部によって分担執行されている。同法の運用動向を探る上では、上記の3つを区別して検討する必要がある。

2. 商務部による企業結合規制事例を見ると、2015年6月末までに禁止案件2件、条件付き承認案件24件、計26件で当局による介入が行われている。これら26件のすべてが外外取引(22件)か外中取引(4件)であり、中中取引は1件も見当たらない。以上のように、介入が外国企業関係の取引に集中していることから、内外差別的な審査が行われているのではないかとの疑問を惹起する。しかし、従来、企業結合届出全体の9割を外外取引又は外中取引が占める実態があり、この実態に照らせば、必ずしも直ちに内外差別的審査が行われていると結論することはできない。他方、個々の案件の審査内容を精査すると、競争法・競争政策の観点からいくつかの問題点が見受けられる事例群が存在する。たとえば、第1に、産業政策上、重視する技術が関係する市場での積極的介入傾向、第2に、資源供給、食糧供給など外国依存度の高い市場での積極的介入傾向がそれぞれ見受けられる。第3に、国務院が推進する国有企業間の結合案件(中国南車・中国北車合併)においては、競争法・競争政策の観点から見て介入すべき事例と考えられるにもかかわらず、商務部は無条件で承認を与える傾向にある。

3. 国家発展改革委員会による価格独占行為規制事例に関する統計(2014年9月公表)によれば、2014年8月末までに合計335社を処分し、そのうち外資企業は33社、10%を占めるにすぎない(図表1)。さらに、処分された企業の中には、地方政府管轄の国有企業(茅台酒および五粮液再販売価格維持事件)や中央政府直轄の国有企業の子会社(浙江省自動車保険カルテル事件)なども含まれ、処分には至らなかったが調査対象となり約束提出後、その実施状況の監視対象となっているものには中央政府直轄の国有企業も含まれる(中国電信・中国聯通接続料金差別事件)。

図表1:価格独占行為規制(~2014年8月末)
図表1:価格独占行為規制(~2014年8月末)

4. 国家工商行政管理総局による非価格独占行為規制事例を見ると、公表された22件の処分決定のうち、18件が中国の民間企業又は事業者団体に関する処分、残りの4件が地方国有企業(ガス、タバコおよび水道)に関する処分であり、外国企業に対する処分はいまだ見られない(図表2)。むしろ地方のごく限られた市場でのカルテルなどが法執行の主な対象となっている。

図表2:非価格独占行為規制(~2015年6月末)
図表2:非価格独占行為規制(~2015年6月末)

5. 3および4のような実態にもかかわらず、「外資たたき」というイメージが形成されたのは、とりわけ国家発展改革委員会が規制事例のすべてを公表せずに、比較的規模の大きな事例を選択的に公表しているため、結果として外資企業に対する処分ばかりが露出することになったこと、および外国メディアが巨額な制裁金の課された事例を特に取り上げる傾向にあることなどの諸要因が複合的に作用し、情報バイアスが発生した結果と考えられる。

6. 「世界の工場」としてのみならず、「世界の市場」として存在感を高めている中国の独禁法運用は、世界市場全体での競争を大きく左右しかねず、その運用動向には今後も注視を続ける必要がある。同時に、「独禁法濫用」に対処するための既存の国際経済法(GATT、GATS、TRIPS、EPA、二国間投資協定、競争法執行協力協定など)によって、どのような規律を及ぼすことができるか精査し、既存の規律の活用を図るとともに、同精査の結果、既存規律が不十分であるとすれば、今後、新たな規律を発展させるべく努力を重ねるべきである。