ノンテクニカルサマリー

世界金融危機後の我が国製造業の輸出動向:事業所データによる分析

執筆者 伊藤 公二 (コンサルティングフェロー)/平野 大昌 (同志社大学)/行本 雅 (京都大学経済研究所)
研究プロジェクト 我が国の貿易構造の変化と企業の国際化活動に関する調査研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

特定研究 (第三期:2011~2015年度)
「我が国の貿易構造の変化と企業の国際化活動に関する調査研究」プロジェクト

輸出の急減とミクロレベルの輸出行動

世界金融危機が発生した2008年以降、日本の輸出は大幅に減少した(急激な下落から少し持ち直した2010年時点でも、輸出額はピーク時の2008年から14.41%も下落している)。このように大幅に輸出が減少する局面において、個別の企業・事業所はどのような輸出行動を取っているのであろうか。

海外の先行研究では、輸出を新たに開始又は輸出から撤退した企業・事業所(extensive margin)と、輸出を継続している企業・事業所(intensive margin)に分類し、それぞれが輸出下落にどの程度貢献しているか比較する研究が散見される。こうした研究は、中長期的な輸出動向を予想するのに役立つ。近年の貿易の実証研究は、輸出には固定費がかかることを示しており、この考えに従えば、輸出から撤退した企業が再度輸出を開始するには再び固定費を支払う必要があるため、輸出を容易には再開しない可能性が高い。危機的な状況における輸出の急減が主に輸出企業・事業所の輸出から撤退によってもたらされていれば、危機が終了しても輸出は伸び悩むことになると予想される。輸出撤退企業・事業所が多ければ2010年以降の日本の輸出の伸び悩みの一因とも考えられる。

本稿では、こうした問題意識の下、2008年から2010年の間の日本の製造業を対象にして、intensive margin、extensive marginを計測することとした。

データ

本稿の分析では事業主体の輸出開始・撤退に関する情報を必要とするため、できる限り包括的なデータが望ましい。そこで、製造業に属する事業所で、従業者3人以下の事業所を除く全事業所を対象とする調査である『工業統計調査』の事業所データを利用することとした。

まず、各事業所につき、2008年と2010年の輸出実績を踏まえて、(1)非輸出事業所、(2)輸出開始事業所、(3)輸出撤退事業所、(4)輸出継続事業所に分類した。分類した結果は以下のとおりである。

輸出への取組による事業所の分類(2008年→2010年)
全事業所(1)非輸出事業所(2)輸出開始事業所(3)輸出撤退事業所(4)輸出継続事業所
製造業全体214,073204,6271,4121,4746,560
構成比(%)100.095.60.70.73.1

この分類から、以下のことが明らかになった。
(1) 製造業で輸出を行っている事業所は極めて限定的である(2008、2010年のいずれかの年に輸出を行っている事業所は全事業所の5%未満)。
(2) 2008年に輸出を行っていた7972事業所のうち18.34%に相当する1474事業所が輸出から撤退した。
(3) 輸出から撤退した事業所とほぼ同数の1412事業所が輸出を開始している。

また、各事業所の従業者数、生産性等を比較したところ、輸出事業所は非輸出事業所と比較して従業者数等規模が大きく生産性が高いこと、輸出関連事業所の中では輸出継続事業所の規模、生産性が突出しており、輸出撤退事業所と輸出開始事業所の規模、生産性はほぼ同じであることが明らかになった。

計測結果

上記の分類を踏まえ、製造業の輸出額の変化を、輸出開始事業所・撤退事業所による部分(extensive margin)と輸出継続事業所による輸出減少(intensive margin)に分解した。結果は以下のとおりである。

図:製造業の輸出のintensive margin、extensive marginへの分解
図:製造業の輸出のintensive margin、extensive marginへの分解

このように、輸出額の減少の大半はintensive marginによって構成されている。業種別に見ても、主な輸出業種については概ね同様の傾向が見られる。

輸出の継続・撤退を分ける要因

また、本稿では、工業統計調査の2001年から2010年の個票データからパネルデータを作成し、2008年時点で輸出を行っている事業所を対象に、輸出の有無を示すダミー変数を被説明変数とするロジットモデルの推計も行い、生産性、従業者数、資本・労働比率が輸出確率に正の影響を及ぼすことが明らかになった。この結果は、輸出を行う程のパフォーマンスの良い事業所であっても、輸出の継続・撤退の決定に関してこうした事業所の内的要因が強く影響していることを意味している。

まとめ

本稿で計測したintensive marginの大きさを考慮すると、輸出撤退事業所が製造業の輸出減少に及ぼした影響はそれほど大きくなく、2011年以降の輸出の伸び悩みに関して、輸出撤退事業所の影響はさほど大きくないと考えられる。

なお、輸出撤退事業所は輸出事業所の中では比較的小規模で生産性も低い。輸出の再開に固定費がかかること、輸出の継続には学習効果(learning by exporting)が期待されることを考慮すると、輸出の継続支援は、企業の成長促進・企業間の格差是正という観点からは有意義かもしれない。