ノンテクニカルサマリー

日本企業の資金再配分

執筆者 植杉 威一郎 (ファカルティフェロー)
坂井 功治 (京都産業大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

企業の資金調達行動をミクロレベルで観察すると、内部資金で賄えない設備資金や運転資金の調達、既存債務の約定返済および満期到来返済、財務リストラクチャリングを目的とした債務圧縮、経営危機企業の不良債権回収や金融再生支援、といった多種多様な現象が同時的かつ継続的に生じている。その結果、企業部門全体では、ネットでの変化がなくとも、その背後で、ある企業が大幅に資金調達を増加させる一方で、別の企業が多額の資金返済を行っているといったように、大規模な資金の再配分が生じている可能性がある。

本稿は、『法人企業統計季報』(財務省)の四半期ベースのデータを用いて、1980年度から2014年度までの日本企業について、企業の資金調達行動の異質性および資金再配分の性質について検証を行った。

分析にあたっては、Davis and Haltiwanger (1992)の雇用再配分の分析手法を用いて、企業セクター全体について、おもに以下3種類の資金フローについて分析を行った。
credit creation:借入金を増加させた企業の借入金伸び率の加重和
credit destruction:借入金を減少させた企業の借入金伸び率(絶対値)の加重和
credit reallocation:credit creationとcredit destructionの和
ここで、credit creationは企業セクター全体で新たな借入金がどの程度生まれているのか、credit destructionは既存の借入金がどの程度消滅しているのかを示す。credit reallocation は企業間でどの程度の資金再配分が生じているのかを示すと同時に、企業の資金調達行動の異質性を示している。

まず、期間中における銀行借入金のネットの変化率が+0.3%(四半期ベース)である一方で、credit creationは4.8%、credit destructionは4.5%、credit reallocationは9.3%となっており、企業間の資金再配分が相当規模で生じていることが分かる。加えて興味深いのは、この資金再配分の程度が時間を通じて変化すること、また、企業規模によって変化の仕方に違いがあることである。

表は、大企業(資本金1億円以上)、中小企業(同1億円未満)についてそれぞれ、分析対象期間を3つ(1980-1990年度、1991-2000年度、2001-2014年度)に分けた上で、資金再配分指標の動きを観察したものである。ここで特徴的なことは、中小企業における資金再配分指標が低下傾向にある点である。1980年代にはcreation, destruction, reallocationのいずれの指標でも中小企業が大企業を上回っていた。これが1990年代と2000年代には大きく低下しているうえ、2000年代には大企業における指標をいずれも下回るに至っている。近年の中小企業では、同じ企業が借り入れを継続する傾向が大企業に比しても強くなっており、資金再配分機能が低下している。

この背景にはどのようなことが起きているのだろうか。資金需要が全般的に伸び悩んだ面が影響した可能性もあるものの、有力な要因として考えられるのは、借入を継続することに寛容な中小企業向け金融支援策の実施である。1990年代後半から2000年代にかけて日本経済が長期低迷する中で、大規模な信用保証プログラム、政府系金融機関によるセーフティーネット貸付制度、中小企業金融円滑化法による条件変更への努力規定などさまざまな措置が導入された。中小企業では、長期間の信用保証付き借入、新規の設備資金借入、既存借入の期間延長などを利用することにより、従来よりも借入が継続的に行われる傾向が強まったと考えられる。こうした資金再配分指標の傾向的な低下が資金配分の効率性に及ぼす影響については、今後の研究課題としたい。

図:企業規模別にみた資金再配分指標の推移
図:企業規模別にみた資金再配分指標の推移
[ 図を拡大 ]
(注)POSはcredit creation, NEGはcredit destruction, SUMはcredit reallocationの程度をそれぞれ示している。たとえば、1980年代では大企業の金融機関借入金におけるcredit creationは5.3%(POS列を参照)、credit destructionは3.9%(NEG列を参照)、credit reallocationは9.2%(SUM列を参照)である。