ノンテクニカルサマリー

金融円滑化法終了後における金融実態調査結果の概要

執筆者 植杉 威一郎 (ファカルティフェロー)/深沼 光 (日本政策金融公庫)/小野 有人 (中央大学)/胥 鵬 (法政大学)/鶴田 大輔 (日本大学)/根本 忠宣 (中央大学)/宮川 大介 (一橋大学)/安田 行宏 (一橋大学)/家森 信善 (神戸大学)/渡部 和孝 (慶応義塾大学)/岩木 宏道 (一橋大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

はじめに

2008年9月のリーマンショックの後、日本企業を取り巻く環境には非常に厳しいものがあり、2009年12月から「中小企業者等に対する金融の円滑化を図るための臨時措置に関する法律」(以下、金融円滑化法)が施行されるなど、さまざまな政策が打ち出された。金融円滑化法は、金融機関が中小企業などから申し込みがあった場合に、貸付条件の変更などを行う努力義務を定めたものであった。この法律は、企業と金融機関との間で自主的に交渉されるべき契約条件の変更を政府が促す異例の措置であり、当時からそのプラス面とマイナス面についてさまざまな指摘が存在した。

これらの指摘のいずれが現実に即しているかを判断するためには、金融円滑化法の施行後に条件変更を行った企業・金融機関の特徴や、条件変更の内容、条件変更に伴う経営改善計画の策定状況、条件変更を受けた企業の事後パフォーマンスなどを把握することが重要である。こうした問題意識のもとで、企業の経営状況や金融機関との関係の実態を把握すべく、経済産業研究所では「金融円滑化法終了後における金融実態調査」を2014年10月に実施した。本論文は、その調査結果について概要を取りまとめたものである。内容は多岐にわたるが、このノンテクニカルサマリーでは、金融円滑化法の効果とその施行後に条件変更を受けた企業の特徴に絞って、結果を紹介する。

金融円滑化法の効果

金融円滑化法の導入(2009年12月)後条件変更を受けた企業は、2010年に集中しており、法施行が企業に条件変更申請を促す効果を持ったことが分かる。加えて、回答企業の一部(約1割)において金融機関に対して資金繰りの相談をすることへの抵抗感を弱めるという心理的な効果も有した。こうした企業側の心理的な抵抗感は、民間の信用調査機関である東京商工リサーチの付ける信用評点が50点を下回るリスクの高い企業で明確に観察される。一方で、その終了(2013年3月末)後も、金融機関の条件変更に対する姿勢には大きな変化はみられない。これまでに条件変更を認められた企業のうち、新たな条件変更を認めない金融機関があると回答した企業は5%にとどまる。ただし、金融円滑化法の終了は、一部の企業(約1割)で金融機関に対する資金繰りの相談をすることへの抵抗感を強める効果をもたらした点には留意する必要がある。

条件変更企業の特徴

回答企業の約3割が条件変更の申請を行い、拒絶率は4%程度と非常に低い。信用評点が低い企業ほど申請率(5割弱)は高くなる一方で拒絶率(1割弱)も若干高く、信用リスクの高い企業ほど条件変更が相対的に認められにくいという点において、金融機関による借り手企業の選別は、ある程度正常に機能している。

条件変更を受けた企業の間では、この措置が企業の存続に不可欠なものだったという評価が多い。仮に返済条件の変更が1回も認められていなかったら「資金繰りに窮して倒産、廃業していた」とする企業が53%、「大幅なリストラや資産の売却を余儀なくされた」とする企業が19%となっており、条件変更が企業の存続確率を高める上で大きな役割を果たしたと認識されている(表参照)。実際、これら企業における最初の条件変更後から調査時点に至るまでの業況感の変化を聞いてみると、「改善」「やや改善」と回答する比率が6割弱に達している。条件変更の必要性を感じなかった企業に比しても、業況感の回復程度は遜色ない。

条件変更企業のうち、同一金融機関から複数回の条件変更を受けている企業(再リスケ企業)が約半数存在する。これら企業のうち、当初から返済条件の再度変更を見込んでいた企業が6割弱にのぼり、業況感の改善幅も条件変更企業全体を上回っている。再リスケ企業は、予想以上に外部環境が悪化した企業が行うものに限られない。

表:条件変更が認められなかった場合に想定された状況への回答内容
(条件変更を受けた企業に限って回答)
資金繰りに窮して倒産、廃業していた772
52.8
大幅なリストラや資産の売却を余儀なくされた278
19.0
信用保証制度や政府系金融機関を活用した97
6.6
余裕はなくなったが、大きな支障は起こらなかった195
13.3
ほとんど支障は生じなかった119
8.1
回答件数 計1,461
100.0
注)上段:件数、下段:構成比(%)。

一方で、条件変更を受けたものの、厳しい経営環境におかれている企業も多い。具体的には、以下の例が挙げられる。
-条件変更企業のうち、最初の条件変更後から現在までの業況感を「やや悪化」「悪化」とする企業が2割弱に上る。
-業況感の改善ほどには金融機関の貸出態度が改善しておらず、初めて条件変更を認めた金融機関への新規借入申し込みが拒絶・減額された企業が、条件変更企業中約1/4存在する。
-想定外の事象の発生のために再度の条件変更(再リスケ)を余儀なくされた企業(「予想以上に外部環境が悪化した」ことを理由として挙げた企業)が、再リスケ企業中45%存在する。

また、条件変更を受けた企業の一部が依然として厳しい経営環境に直面している背景には、経営改善計画作成・履行における不備などの問題もあると考えられる。具体的には、以下の例が挙げられる。
-条件変更を受けたにもかかわらず経営改善計画を提出していない企業が1/4程度存在する(ただし、経営改善計画を提出したにもかかわらず、そのことを企業が認識していないケースが含まれている可能性がある点には留意が必要である)。その背景には、企業や金融機関の人的・物的な資源制約や、担保保全されているために金融機関が計画提出を求めないことがあると推測される。
-経営改善計画を提出していても、それをネガティブに捉えている企業(計画提出企業のうち、経営改善計画を前向きなものと捉えずに「返済条件の変更を認めてもらうために必要なもの」「自社の事情を十分に反映していないもの」と評価する企業)が3割程度存在する。
-計画を提出していても、金融機関からその履行状況を十分にモニタリングされていない企業(計画提出企業のうち、経営改善計画の履行状況に関する金融機関への報告頻度が年1回以下の企業)が、小規模企業を中心に2割程度存在する。

おわりに

今回の結果をみると、貸付条件の変更を受けた企業と一口にいっても、その後の取り組みやパフォーマンス、金融機関との関係において多様であり、採られるべき施策もどのような条件変更企業を対象とするかによって大きく異なることが分かる。たとえば、自社の強みを伸ばし弱点を克服するような経営改善計画を策定できずに不振に陥っている企業であれば、計画策定の費用を補助したり、金融機関以外のさまざまな認定支援機関が計画策定を支援したりする制度には効果が期待される。また、計画は策定したものの金融機関によるモニタリングが不十分なことが経営不振の原因であれば、条件変更を行った企業・金融機関に対するガバナンスを改善するための手立てが必要とされる。一方で、業況が改善しているにもかかわらず条件変更したからという理由で金融機関が新規貸出に応じない企業に対しては、新規資金を供給する政策対応が求められる。今回の調査は、条件変更企業の多様性を定量的に示しており、これらの企業に対してどのような施策をどの程度の規模で講じるかを議論する手がかりとなり得る。政策当局者による有効活用を期待したい。