日本の長期停滞から何が学べるか

執筆者 深尾 京司 (ファカルティフェロー)
池内 健太 (科学技術・学術政策研究所)
権 赫旭 (ファカルティフェロー)
金 榮愨 (専修大学)
牧野 達治 (一橋大学)
滝澤 美帆 (東洋大学)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

2008年のリーマンショック以降、多くの先進国経済は需要不足や低成長、生産性上昇の停滞から抜け出せない状況にある。このため、停滞を構造的な問題と捉える長期停滞論(Summers 2014)も議論されるようになった。この論文では、1990年代以降続いた日本の長期停滞の構造的原因を概観した上で、停滞から脱出するために必要な方策について検討した。欧米諸国が停滞から脱出する上で役立ちそうな、日本の経験から引き出せる教訓としては、以下の点が挙げられよう。

第1に、デフレーションに陥らないことは、不況の更なる深刻化を防ぎ、金融・為替政策の有効性維持をする上で重要な課題ではあるが、マイルドなインフレーションと低金利政策により、実質金利をゼロまたはマイナスとし投資を促進する政策は、事態の抜本的な解決にならない。日本では90年代、低金利政策や信用保証などにより、低成長の割には資本蓄積が活発に行われたのであって、その結果更なる資本収益率の低下が生じた。停滞から抜け出すには、生産性を上昇させ、資本収益率の上昇を通じて投資を刺激する必要がある。極めて低い実質金利による投資促進は、バブル経済を発生させる危険がある点からも問題である。

第2に、日本では貯蓄超過と生産性低迷にもかかわらず、円がしばしば大幅に高くなったことが、需要不足の原因となった。一方最近までの中国、ドイツ、韓国などは通貨安と多額の経常収支黒字によって、需要不足を一部解消した。また、途上国の多くは資本不足に苦しんでいる。需要が多くの先進国で不足している今日、通貨の過剰な変動を防止し、黒字還流が円滑に進むような通貨・国際金融制度の改革が必要であろう。

第3に、最近の長期停滞論では、生産性停滞がしばしば、ほとんど外生的な技術進歩率の低下に帰せられる(Gordon 2013)。図1に見られるとおり、1990年代以降の日本でも全要素生産性の上昇が、製造業・非製造業共に停滞した。しかし日本の場合には、非製造業の中小企業を中心とした情報通信技術(ICT)投資や無形資産投資の低迷、低い参入・退出率や企業間資源再配分効果の低迷など市場の淘汰メカニズムの不全、企業間の生産性格差の拡大、生産性の高い大企業の海外への生産移転、労働市場の硬直性や非正規雇用の拡大など、TFPの低迷には明確な原因が指摘できる。

なお、最近米国をはじめ他の先進諸国でも、長期停滞の背景にある生産性低迷の原因として、市場の淘汰メカニズム不全(Decker, et al. 2014)、企業間生産性格差の拡大(OECD 2015)、労働市場におけるミクロレベルでの硬直性(Blanchard et al. 2013)などが指摘されるようになりつつある。もしかすると、1990年代以降の日本と最近の先進諸国における停滞には類似性があり、日本がこれを先取りしていただけなのかも知れない。停滞の根本的な原因は世界共通の、人口成長率の低下、製造業大企業の生産海外移転と経済のサービス化、中国など新興工業国の台頭、国際的な工程間分業の深化、生産技術変化・人口減少・サービス化などに起因するミクロレベルで必要とされる労働投入の柔軟性の高まり、といった現象にあるのかも知れない。各国の停滞の間にどのような共通点と違いがあるか、それがどのような制度的・政策的要因の違いに起因しているのか、なぜ日本の停滞が先行したのか、といった問題に答える必要が高まりつつある。

図1:製造業と非製造業のTFPの推移:1970-2011年
図1:製造業と非製造業のTFPの推移:1970-2011年
資料:JIPデータベース
文献
  • Blanchard, Olivier, Florence Jaumotte, and Prakash Loungani (2013) "Labor Market Policies and IMF Advice in Advanced Economies During the Great Recession," IMF Staff Discussion Note.
  • Decker, Ryan, John Haltiwanger, Ron S Jarmin, and Javier Miranda (2014) "The Secular Decline in Business Dynamism in the U.S." working paper.
  • Gordon, Robert J. (2013) "Is U.S. Economic Growth Over? Faltering Innovation Confronts the Six Headwinds," NBER Working Paper, no. 18315, National Bureau of Economic Research.
  • OECD (2015) The Future of Productivity , OECD.
  • Summers, Lawrence H. (2013) "Speech at IMF Fourteenth Annual Research Conference in Honor of Stanley Fischer,"以下のページから2014年5月10日にダウンロードした。
    http://larrysummers.com/imf-fourteenth-annual-research-conference-n-honor-of-stanley-fischer/