ノンテクニカルサマリー

貸付モニタリングと銀行リスク

執筆者 Norvald INSTEFJORD (University of Essex)/中田 啓之 (上席研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

銀行の貸付金の管理(与信管理)は、情報の取得を中心にして行われるものであるが、情報の取得は、当初の審査(スクリーニング)と貸付決定後(モニタリング)の2種類に分類される。本論文では、貸付決定後の情報取得(モニタリング)に焦点を当て、最適停止問題(optimal stopping problem)として、銀行によるモニタリングをモデル化する。

より具体的には以下のとおりである:(1)一定の基準よりも安全であると評価された貸付の場合、モニタリングを停止し、自行の資産に取り込む;(2)一定の基準よりも危険であると評価された貸付の場合、モニタリングを停止し、資本市場で(証券化などを通じて)投資家に売却する;(3)上記2つの場合以外の中間的な状況では、自行の資産として保持しつつ、モニタリングを継続する。図1では、VIがモニタリングせずに自行で保持した場合の貸付の現在価値、VS - gが投資家に売却した場合の貸付の正味現在価値(gは、売却に伴う費用)、VMがモニタリングしつつ自行で保持した場合の貸付の現在価値を示しており、貸付安全度がπ*を上回る場合が(1)、貸付安全度がπ**を下回る場合には、(2)、貸付安全度がπ**とπ*の間の場合には、(3)にあたる。

銀行が自主的に2つの閾値π**とπ*決めることができる場合、より高品質の情報を取得できる銀行や、より低コストで情報を取得できる銀行の方が、仲介機能による余剰(貸付の現在価値と投資家に売却した場合の正味現在価値との差)が大きくなる。しかし、銀行への規制により、閾値、特にπ**を実際には自主的に決めることができなくなっている。現在、システミックリスクを抑制することを目的に、バーゼル銀行監督委員会により国際業務を行っている銀行を対象にバーゼル3が課されている。バーゼル3では、リスクの定量化が必須であり、本論文の枠組みでは、π**を規制当局により、設定されることを意味する。

本論文により、π**が規制当局により設定される場合、より高品質の情報を取得できる銀行や、より低コストで情報を取得できる銀行の方が、仲介機能による余剰が小さくなることが示された。これは、銀行のモニタリング・システムへの投資に対して逆のインセンティブを与えることを意味する。具体的には、当初の審査の際、スコアリング・モデルを用いた与信判断をした後、すぐに証券化などを通じて投資家に売却するインセンティブを高めるものであり、米国や欧州の一部で近年見られる大手金融機関の行動とも整合的である。また、従来、日本の銀行が行ってきたようなリレーションシップバンキングを行うことを困難にし、同様の規制を地域金融機関に対しても課すことになれば、中小企業への貸し剥がしにもつながる恐れがあるといえる。したがって、システミックリスクの抑制のみならず、ここの銀行の与信行動への影響を考慮に入れた規制、制度設計が必要であるといえよう。

図1
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