ノンテクニカルサマリー

潜在クラス処理変数へのルービンの因果分析モデルの拡張-企業のワークライフバランス施策の女性の所得への影響

執筆者 山口 一男 (客員研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果 (所属プロジェクトなし)

本稿は統計的な因果関係の分析に新たな手法を開発・導入するとともに、その方法を経済産業研究所が2009年に行った事業所と雇用者の調査データを用いて、企業のワークライフバランス施策が、ホワイトカラー女性正規雇用者の間で個人所得にどう影響を与えるかについて分析している。

統計的因果分析の代表的手法の1つにハーバード大学の統計学教授であるドナルド・ルービンにより開発されたルービンの因果モデルという手法がある。この手法は多変量回帰分析などの統計手法に比べ、遙かに弱い仮定のもとで、特定の「処理変数」が結果に影響を与えるかどうかを計測する方法である。因果分析では人々が処理変数の異なる状態にランダムに配置されていないとき、「状態の選択バイアス」をどう除去するかが問題となる。たとえば高齢者で、現在結婚している人と、配偶者と離婚・死別している人を比べることで離婚・死別の健康への影響を見たいときに、離婚・死別が健康に影響を与えるのではなく、もともと健康状態の違う人が離婚・死別し易い事などから来るバイアスが混在する。ルービンの因果モデルは、実際には各人の結果は処理変数の1つの状態でしか観察されていないのだが、「もし仮に各人が処理変数のそれぞれの状態で結果が観察されていたなら」という事実に反する仮想の状態での、異なる処理変数の下での結果の差の平均値を一定の弱い仮定の下で推定する方法で、統計的因果分析技術を飛躍的に高めた。

今回本稿が開発したのは、ルービンの因果モデルについて、処理変数が直接観察された変数ではなく、複数の観察された指標によって反映される潜在的変数の場合の因果分析である。たとえば会社や、学校や、居住地域の特性が、それぞれ雇用者や、生徒や、居住者の平均的結果の違いに関連しているとき、それは会社・学校・居住地域の影響なのか、さまざまな会社や、学校や、居住地域にいる人たちがもともと異なる資質を持つ人たちであることから生じるのかが問題になる。しかし結婚対離婚・死別といった2値の区別と異なり、会社や学校や居住地域の特性は観察される単一の変数でとらえられることは稀で因果分析の応用には大きな制約があった。今回開発した分析技術は処理変数を、観察される複数の指標の確率的な組み合わせのパターンである潜在クラス変数で表し、その潜在クラス変数の結果への影響についてルービンの因果モデルを拡張したのである。

この新方法の応用には経済産業研究所が2009年に調査した「ワークライフバランスに関する国際調査」のうち日本企業とその雇用者をマッチしたデータを用いた。分析目的は企業のワークライフバランス施策が女性雇用者の所得に与える影響で、対象はホワイトカラー正社員の女性である。ワークライフバランス施策として用いた指標は(1)法を上回る育児休業制度の有無、(2)育児・介護のための短時間勤務制度の有無、(3)フレックスタイム勤務制度の有無、(4)在宅勤務制度の有無、(5)キャリア自立支援制度(社内FA、社内公募制度など)の有無、(6)仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス、以下「WLB」)への組織的取組の有無の6指標である。

これらの指標から企業には3つの潜在クラスがあり、1つは全般的WLB支援企業((1)~(6)の施策を持つ確率がみな高い企業)、2つ目は育児支援企業((1)と(2)の施策を持つ確率が高く、(6)も持つことが多いが、(3)、(4)、(5)の施策を持つ確率の低い企業)、3つめはWLB非支援企業((1)~(6)の施策を持つ確率がみな他に比べ小さい企業)であった。雇用者割合で言うと全般的WLB支援企業で働く雇用者が5-10%、あとは育児支援企業とWLB非支援企業で働く雇用者がほぼ同数である。また企業規模(従業者数)が大きいほど、WLB非支援企業の割合は減り、全般的WLB支援企業の割合が増えることや、全般的WLB企業の雇用者は、他の2つの企業タイプより大卒女性の多いことや短時間正社員割合が多いことなどの特徴もあることが判明した。従ってWLBをより支援する企業ほど仮に女性正社員の平均所得が高くても、それらの企業はより規模企業が大きく、また高学歴女性割合が高いので、平均所得が大きくなるという選択バイアスの結果もあることを示唆する。これらの選択バイアスや労働時間の差も考慮して、拡張されたルービンの因果モデルを用いた結果、以下の知見が得られた。

(1)女性のホワイトカラー正規雇用者について全般的WLB支援企業とWLB非支援企業との間では約89万円の年間給与差があるが、このうち63%にあたる約56万円は、後者に比べ前者の方が企業規模が大きく平均給与が高いことや、大卒者が多いことによって説明される。しかし残りの37%にあたる約33万円の差は、観察される雇用者や企業の属性の差では説明できない差である。したがって、観察されない交絡要因の結果である可能性は残るが、前者の方が後者より女性人材をより活用している(女性がより高所得を得る)可能性が高い。

(2)育児支援企業とWLB非支援企業間では女性ホワイトカラー正規雇用者に約25万円の給与差があるが、このうち28%にあたる約7万円の差は、前者の方に企業規模が大きく平均給与が高いことによって説明される。しかし残りの72%にあたる約18万円の差は観察される雇用者や企業の属性の差では説明できない差であり、全般的WLB支援企業ほどではないが、やはり育児支援企業もWLB非支援企業に比べ、女性人材をより活用していると考えられる。

(3)学歴別にWLB施策の潜在クラスの所得への影響を見ると、効果は一様でなく、WLB非支援企業に比べ、全般的WLB支援企業も育児支援企業も、大卒者と専門学校卒の女性をより活用している(彼女たちの高収入に結びついている)が、短大卒や高卒女性の人材活用は非支援企業と変わらない。