ノンテクニカルサマリー

内生的景気循環:非凸型費用関数と相互作用

執筆者 荒田 禎之 (研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

景気循環の1つの要因として、初等的なマクロの教科書にも下図のような在庫循環の図をよく目にする。このグラフ上を反時計回りに動き、景気の山と谷、つまりは景気循環が生じると説明される。しかし、これはあくまでマクロで観察される集計された変数の関係であるが、ミクロの経済主体もこの循環に沿って動いているのだろうか? よりミクロのレベル(たとえば企業レベル)へ観察の対象を移していくと、我々は企業の異質性に直面する。つまり、景気が良い時にでも生産水準が低いような企業もあれば、在庫についても余っている企業、足りない企業も存在し、まさにさまざまである。このように日々さまざまな固有のショックにさらされ、個々の企業がバラバラに動いているのであれば、たとえば大数の法則のように、互いにそのショックを打ち消しあい、何1つマクロの動きは生じないのではないか? むしろ何故、下図のような在庫循環の動きが出てくるのか? このミクロでは一見するとバラバラに動く異質な経済主体が、集団というマクロレベルでは自発的に規則的な動き、特に循環を見せるメカニズムを本論文では明らかにした。

図1:在庫循環の推移
図1:在庫循環の推移
出典 平成26年10~12月期(年間回顧)産業活動分析

本質的な仮定は2つ、非凸型費用関数と相互作用である。まず前者についてであるが、ミクロのレベルでの実証研究では、いわゆる教科書的なproduction-smoothing理論は実証的に棄却されており、企業の行動はむしろ「ムラ」(lumpiness)によって特徴づけられることが分かっている。この特徴をモデルに取り入れるために、本論文では非凸型費用関数を仮定した。つまり企業には「高い生産水準」と「低い生産水準」という2つの状態があり、より直観的にいえば、作る時には(思いっきり)作るという意味である。

そしてもう1つのより重要な仮定は、相互作用の効果である。これも簡単にいえば、他の企業の生産水準が高い時、労働者の所得も上がり景気も良いので、自身の売り上げも伸び、また生産量を増やそうとする効果である。大事なのはこの「景気」、言い換えればマクロの経済環境に企業は影響を受ける一方、この環境を構成するのもその企業達自身であるという点である。つまりフィードバックが存在するのである。本論文では、この相互作用の効果がある一定の閾値を超えたとき、内生的に規則的な循環が生じることを示した。

図2:マクロの生産および在庫の挙動
図2:マクロの生産および在庫の挙動

上記の2つの図は左図が相互作用の小さい時、右図が大きい時のシミュレーション(実線が生産額の平均、点線が在庫量の平均。それぞれ0を中心に変動するように規格化してある)であるが、相互作用が小さい時(左図)ではミクロのバラバラの動きは互いに打ち消しあうように働き、マクロではわずかな変動しか起きない。それに対し、右図のように相互作用がある閾値を超えると、内生的なサイクルが発生する。つまり、ミクロではランダムに動いていた経済主体の集団が、マクロでは自発的に規則的な動きを見せるのである。この循環は、いわゆるキチンの循環の説明となるものである。大事な点は、このマクロの規則的なサイクルに対応するミクロの動きは存在せず、「集団現象」としてマクロでのみ観察される現象である点である。

上記の議論は、安定的なマクロ経済運営という政府の目標に関連し、従来と異なる別の見方を与える。マクロ経済の安定化のためには、ミクロの主体の動きをことごとく止める必要はない(また事実上不可能でもある)。逆説的な言い方ではあるが、左図のように、むしろミクロの主体はバラバラに動いてくれた方がマクロ経済の安定化は図れるのである。しかしその際、いわばその「天敵」として現れるのが相互作用の効果であり、この効果がある一定値を超えたとき、マクロでも観察されるような大きな変動が生じるのである。たとえば、企業の将来の経済環境に関する期待形成の過程で、個々の企業が独自の期待を形成するというより、周りの意見に左右され、「皆が良いと言うから良い」というような他の企業の期待に依存した期待形成を行う場合、マクロの安定性は失われ始めるのである。