ノンテクニカルサマリー

親の介護、兄弟間所得格差、および子どもの居住地選択

執筆者 古村 聖 (名古屋大学)/小川 光 (名古屋大学)
研究プロジェクト 少子高齢化における家庭および家庭を取り巻く社会に関する経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

社会保障・税財政プログラム (第三期:2011~2015年度)
「少子高齢化における家庭および家庭を取り巻く社会に関する経済分析」プロジェクト

少子高齢社会を迎えた日本において、高齢者の介護を誰が行うかという問題が深刻化している。公的制度を利用して社会全体で高齢者の介護を支援する体制整備が進められているが、財源問題や介護の担い手の不足などによって、家族内部でのケアも依然として重要な役割を担っている。

本論文では、家族内部、特に複数の子供たちの誰が老後の親の面倒を見ることになるかについて理論的に明らかにする研究である。この問いに対する実証研究は、興味深い結果を示している。複数の研究者が、西洋諸国では兄弟姉妹のうち、年齢が若い子供、つまり弟や妹が両親のそばに居住し、親の老後の面倒を見る傾向にあるとしているのに対して、東洋(特に中国、日本、韓国)では、長男(長女)が親のそばで老後のケアをする傾向にあるというのだ。

図1:東西で異なる主な家族介護者
図1:東西で異なる主な家族介護者

文化や慣習の違いを理由に東西の異なる2つの状況を説明することもできるが、本研究では、経済学的な考え方のもと、以下の理論仮説の提示を行っている。いま、一定の年齢に達した子供が、親元に住んで働くか、都会に出て行くなど親元から離れたところに移住し生活を営んでいくかを決めるとしよう。通常、長男と次男を想定すれば、長男のほうが弟よりも先にこの問題に直面する。親の面倒は兄、弟のいずれが行っても構わないわけだから、兄弟としては、相手が親の面倒を見てくれるのであれば、(多少の罪悪感はあるにせよ)自分は介護のコストを払う必要がない。そこで、長男は、都会に出て親元を離れてみようと考える。兄弟にとって親の面倒を誰も見ないというのは避けたいので、その場合は、後から居住地選択を行う弟が親元に居住して老後の面倒を見ることになる。ゲーム論的にいえば、意思決定における先導者である長男が親から離れることにより、追随者である弟による親へのケアにフリーライドできるのである。これは、Konrad et al. (2002)によって示されたアイデアであり、弟や妹が親の面倒を見るという西洋的な状況を説明することになる。しかし、これでは長子が親の面倒を見るという東洋の状況を説明できない。これを説明可能とするのが本研究である。

ここで、Konrad et al.では考慮されていなかった兄弟の所得や資産の影響について考えてみよう。いま、兄は弟に比べて十分に大きな所得を有しているとしてみる。極端な場合、弟は親の面倒を見るのに十分な所得を得ていないかもしれない。このとき、弟が親の面倒を見ることに期待して、兄が親元から離れて居住したとすると、結果として、所得がほとんどない弟は、親の面倒を見ることができない。かといって、兄自身も親元から遠く離れており、親の面倒を見るのが難しい。結果として、親のケアを誰もできないという状況に直面してしまう。意思決定時の先導者である兄は、これを避けるために、自らが親元に居住し、親の面倒を見るという決定を行うことになる。この状況は、兄弟間の所得差の影響を無視して導出されたKonrad et al.の西洋的状況とは異なり、まさに、兄が親の面倒を見る東洋的状況と一致している。

図2:均衡パターン
図2:均衡パターン

本論文は、直感的に説明される上記のメカニズムのもと、兄弟間での居住地決定のタイミングの違いと、兄弟間での異質性、とりわけ所得や資産の差によって、兄弟のうち、誰が親の面倒を見るかという問いに対して、長男が面倒を見る状況を含めて、図2に示されているように4つの均衡が出現することを示している。

本研究によれば、兄弟のいずれが親の介護を行おうとも公共財の性質をもつ介護量は、最適水準に比べて低くなる。特に、兄弟がともに親の面倒を見る場合には、両者に相手の努力にただ乗りをする誘因が働くので、それを是正するための公的サポートが不可欠である。加えて、図3で示されているように、兄弟の所得が上昇したからといって必ずしも親への介護供給が増えるとは限らない。兄弟間の居住地選択の戦略関係が、ときには所得上昇によって親への介護量を減らすこともありうる。そのときこそ、政府からの支援が最も要請される場面となるであろう。

図3:親が受ける総介護量
図3:親が受ける総介護量