ノンテクニカルサマリー

ネットワークに動機付けられた融資判断

執筆者 小倉 義明 (早稲田大学)
奥井 亮 (VU University Amsterdam / 京都大学)
齊藤 有希子 (上席研究員)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

本研究は、企業間取引ネットワークにおいて購買者として中核的地位にある企業が、その他の周辺企業と比較して、経営不振時に減免金利による救済融資を得やすいことを理論的かつ実証的に検証したものである。

1. 理論

中核企業は周辺企業が供給する製品・サービスを多く需要しているので、仮に中核企業単体では損失を出していたとしても、これを存続させる方が企業ネットワーク全体の利益が大きい可能性がある。双方の企業への融資を行っている銀行からみると、中核企業が単体で損失を出している場合でも、中核企業を閉鎖してしまうと、連鎖的に周辺企業の売上高が減少し、周辺企業への融資も焦げ付く恐れがあることを考慮する必要がでてくる。

たとえば、下図に例示される企業間取引ネットワークに属する企業すべてに独占的に融資を供給している銀行(あるいは暗黙裡に結託している寡占的な銀行)を考える。図の各点が企業、矢印の方向が製品の流れ、矢印の太さが売上高を表している。三角形の中心にあるHub企業が購買者として中核的位置にあり、これが廃業してしまうと他の企業の売上高が激減するようなネットワークとなっている。

図:企業間取引ネットワークの例
図:企業間取引ネットワークの例

ここで、Hub企業が経営不振に陥り、銀行融資の継続がなければ廃業せざるを得ない状況に追い込まれたとする。銀行には以下の選択肢がある。

  1. Hub企業に対する金利減免や一部債権放棄を容認しつつ、ネットワーク維持を図る。
  2. Hub企業への融資を打ち切り、廃業させ、周辺企業向け融資の不良債権化も甘受する。

合理的な銀行はこれらの選択肢のうち、銀行にとってより利益が大きい(あるいは損失が少ない)方を選ぶはずである。たとえば、Hub企業への金利減免コストよりも、需要誘発により維持される周辺企業向け融資からの金利収入が大きいのであれば、全融資を不良債権化してしまう選択肢2よりも、ネットワーク維持を可能とする選択肢1を選ぶ方が銀行にとって望ましいはずである。つまり、以下のような仮説が導かれる。

仮説:需要波及効果の大きい企業に対しては、減免金利による救済融資が行われやすい。

2. 実証

2006年時点の中小企業を含む企業間取引関係とこれらの企業の財務情報を接続したデータを用いて、各金融機関の融資先企業間ネットワークについて、上記仮説を統計的に検定した。本稿では、産業連関分析で用いられる影響力指数を企業間の取引関係に応用し、企業ごとの影響力指数を需要波及効果の指標として使用した。結果は仮説を支持するものであった。すなわち、信用力(信用評点)が低い場合、波及効果が高い企業ほど、支払金利が低下していたことが、統計的に有意に検出された(表)。

表:各企業の需要波及効果の支払金利に対する限界効果
信用評点の値需要波及効果の支払金利への影響標準誤差
-0.2-2.5971.314**
-0.1-2.1391.141*
0-1.6810.972*
0.1-1.2230.809
0.2-0.7660.657
0.3-0.3080.524
0.40.1500.430
0.50.6080.402
(注)*, ** はそれぞれ10%、5%有意で限界効果がゼロではないことを示す(両側検定)。

3. 政策的インプリケーション

本研究の結果は、たとえ銀行が損失を出している企業に不合理に追い貸しをしているようにみえても、そのような貸し出しが本当に不合理かどうかは、企業間取引ネットワークのあり方も含めて判断しなくてはいけないことを示唆している。さらには、銀行の所有している債権の健全性を判断する際にも、貸出先企業がどのようにつながっているかを考慮しないと、正しい判断ができないことになる。

また、本研究は銀行の融資行動に焦点をあてたものであるが、同様の議論が政府主導の企業救済にもあてはまる。つまり、購買者として重要な位置を占める中核企業に対しては、その企業の危機に対し政府主導の救済を行うことで、連鎖倒産などを防ぎ経済全体の厚生を高める可能性がある。特に、企業間取引ネットワークを銀行がカバーできていない場合は、たとえ救済が望ましい場合でも銀行単体では救済を行う動機はなく、政府の介入が求められる場合もあり得るということを、この研究は示唆している。