ノンテクニカルサマリー

共同研究の成果の決定要因についての実証分析

執筆者 井上 寛康 (兵庫県立大学)
中島 賢太郎 (東北大学)
齊藤 有希子 (上席研究員)
研究プロジェクト 組織間の経済活動における地理的空間ネットワークと波及効果
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「組織間の経済活動における地理的空間ネットワークと波及効果」プロジェクト

イノベーションは現在の先進国の経済成長にとって極めて重要な要素の1つである。このイノベーションにとって、他人と交流し、その人の持つ異なる知識に学ぶことは非常に重要である。これまで「多様性」のキーワードのもとで、労働者の性別、学歴、専攻、人種などの多様性を指標としてそれがイノベーションに果たす役割についての分析が行われており、そのなかでは多様性の上昇がイノベーションにとって好影響をもたらすことが指摘されてきた。すなわち、多様性は異なる知識の交流をもたらすため、イノベーションを促進すると考えられる。

その一方でBerliant and Fujita (2008) は多様性の増大が単調にはイノベーションに影響しないことを理論的に指摘した。異なる知識の交流のためには、交流を行う主体同士に一定の共通知識が必要であり、これがないとそもそも知的交流を行うことが困難となるのである。Berliant and Fujita (2008)の仮説は多様性の増大と、イノベーションとの間の逆U字の関係を示唆するものといえる。つまり多様性が低い領域では共通知識は多いものの、異なる知識の領域が少ないためイノベーションは効率的に行われない。ここから多様性が増大するに従ってイノベーションが効率的に行われるようになると考えられる。しかし、一定以上多様性が増大していくと、今度は共通知識が過小になり、再びイノベーションの生産効率が下がるというわけである。

本稿はこのようなBerliant and Fujita (2008)の仮説を中心に、イノベーションの決定要因について検証したものである。本稿では日本における特許データを用い、事業所間の共同研究に注目することで分析を行った。イノベーションの品質については特許の被引用数によって測定した。また、知識の多様性については、共同研究を行う事業所それぞれがこれまでに出してきた特許に注目し、これらの特許の技術分類の近似度を知識近似度と定義し、多様性の逆数として解釈することとした。

その結果、まず、Berliant and Fujita (2008)の理論から示唆される、知識多様性の逆U字仮説は頑健に支持されることがわかった。この結果は、知識近似性と特許の品質との関係を図示した図1によって示される。

図1:共同研究を行う事業所間の知識近似性と特許の品質との関係
図1:共同研究を行う事業所間の知識近似性と特許の品質との関係

この図から、知識近似性と特許の品質との間に逆U字の関係があることがよくわかる。知識近似性の高い領域で生産された特許の被引用数は少なく、近似性が下がる、つまり背景知識に違いが出るに従って被引用数が多くなる。しかし、近似性が0.5のところをピークにふたたび被引用数は下がるのである。このような逆U字形は、事業所の特性や事業所間の地理的距離など共同研究に関するさまざまな要因を制御した上でも頑健に示された。

さらに本稿では、特許をハイテクからローテクまで4段階に分類し、それぞれについてこの逆U字パターンについて分析を行った。その結果、ローテクでは逆U字パターンが観察されないのに対し、それ以外の特許では頑健に逆U字パターンが観察されることがわかった。このことは、より専門性の高い高度なイノベーションにおいては、共同研究者間の専門性も極めて特化したものになっており、その中で共同研究を成立させる上で共通知識という要素がより重要となってくることを示すものと考えられる。

近年イノベーション促進政策として、コンソーシアムの形成などによって企業間の共同研究関係を促進するような政策が多く行われているが、本稿の結果は、その際における企業間の適切なマッチングの重要性について強く示唆するものであると考えられる。特に技術水準の高い開発・発明を行う際において、それぞれの持つ知識背景に留意し、適切なマッチングを促進することが、大きなイノベーションにとって不可欠であるといえる。