ノンテクニカルサマリー

貿易自由化のもとでの越境汚染と市場規模

執筆者 Rikard FORSLID (Stockholm University)
大久保 敏弘 (慶応義塾大学)
Mark SANCTUARY (Stockholm School of Economics)
研究プロジェクト 複雑化するグローバリゼーションのもとでの貿易・産業政策の分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「複雑化するグローバリゼーションのもとでの貿易・産業政策の分析」プロジェクト

1. 本論文の分析

今日、貿易自由化と温室効果ガス削減は重要な国際的政策課題の1つである。この2つの政策課題を同時に達成できるかどうかについて理論研究を行った。グローバリゼーションのもと、貿易自由化や投資自由化により、財や資本の流れは国境を越え活発化している。企業の立地はより自由になるので、規模の経済を生かし大きな市場に立地し、世界各地域に低コストで輸送し収益を上げるようになっている。一方、温暖化対策で各国は温室効果ガスを削減しようとするが、具体的にどうするのかは国際間で一致した対策が打ち出せず、前進するのが難しい情勢になってきている。こうした世界的な環境規制の高まりと足並みの乱れを背景にして、企業は環境基準の低い地域へと移り、結果、世界全体の排出は逆に増大する可能性がある。このような企業行動は一般に「汚染回避仮説」と呼ばれ、近年盛んに研究が行われている。

本論文ではさまざまな市場規模と輸送費、環境税率のもとで、貿易自由化と環境政策との関係を分析し、どうすれば汚染回避を防ぎ、世界全体の排出量の削減ができるのかを分析した。分析する上で1つの重要な視点として、市場規模と企業の立地の関係がある。特に「自国市場効果」は重要である。規模の経済と輸送費がある下で、人口規模の相対的に大きな国は人口規模以上に大きな規模で企業あるいは製造業が立地することが「自国市場効果」として知られている。環境規制の強さと相まって汚染回避の1つの誘因にもなる。たとえば、市場規模が異なり環境税率が同じ場合、自国市場効果のため大きな市場に企業は立地し、輸送費の低下とともに生産規模は拡大するため、温室効果ガスは増加する。また、逆に市場規模が同じでも税率が異なる場合、低税率の国に多くの企業が立地し、輸送費の低下とともに排出も増える。いずれの場合も貿易自由化が進むと自国市場効果は増大し、温室効果ガスは増大してしまう。言い換えれば、環境税率が外生的な場合、貿易の自由化と環境政策は両立できない。

さらに分析を進め税率を内生化し、政府間で税率を決められるとする。ナッシュ均衡解では、図1のように輸送費の低下とともに各国間で税率の切り下げ競争が起こる。環境税は低下し続けるため排出は両国で増大する。一方、両国で協力均衡解にした場合、図2のように世界全体の汚染量が増大することはない。 貿易が自由化しても世界全体の汚染量が増大することはなく、汚染回避を防ぐことができる。

2. 政策的インプリケーション

環境政策を国際的に取り決める際、環境税率を国際的に決めることが1つの有効な政策手段として考えられる。しかし、個々の国の市場規模や輸送費の低下、貿易自由化を加味して、どう税率を決めるかが焦点になってくる。財や企業の移動が自由な今日、税率を国際的にうまく設定しないと世界全体の温室効果ガス削減にはつながらないだろう。1つの税率の決め方として、ナッシュ均衡解よりも協力均衡解のほうがよりよい手段として考えられる。1つのインプリケーションとしては環境税率を決める際、崇高な理念のもとで世界全体の排出や厚生水準を意識し、多くの会合と交渉を経て、国際的に歩み寄る。協調して環境政策を行っていくたゆみない努力が非常に重要であることを意味している。

図1:ナッシュ均衡解(排出レベル、立地企業数、税率、厚生水準)。 横軸は貿易自由度(輸送費の逆数で0~1の指数)。輸送費の低下とともに数値は高くなる。
図1:ナッシュ均衡解(排出レベル、立地企業数、税率、厚生水準)。 横軸は貿易自由度(輸送費の逆数で0~1の指数)。輸送費の低下とともに数値は高くなる。
図2:協力解(排出レベル、立地企業数、税率、厚生水準)。 横軸は貿易自由度(輸送費の逆数で0~1の指数)。輸送費の低下とともに数値は高くなる。
図2:協力解(排出レベル、立地企業数、税率、厚生水準)。 横軸は貿易自由度(輸送費の逆数で0~1の指数)。輸送費の低下とともに数値は高くなる。