ノンテクニカルサマリー

「系列を解体しなければ生き残れない」-日本の自動車産業のサプライチェーンの構造変化に関する定量的分析-

執筆者 Petr MATOUS (東京大学)
戸堂 康之 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業ネットワーク形成の要因と影響に関する実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業ネットワーク形成の要因と影響に関する実証分析」プロジェクト

日本の自動車産業は、最終メーカーと部品供給企業との系列関係とともに発展してきた。密接で排他的な長期にわたる系列関係が、高価格でありながらも高品質の部品を安定的に供給する上で合理的な制度であったことは、青木昌彦スタンフォード大学名誉教授・元RIETI所長の研究などで明らかとなっている。

しかし、近年になって、部品の共通化(モジュール化)が海外メーカーで活発化し、日本のメーカーもグローバル市場において、より効率的な制度が求められるようになった。さらに、2011年の東日本大震災時に、特定の企業にしか製造できない部品があったことでサプライチェーンの途絶が長引いたこともあって、伝統的な系列関係を見直すべきだという機運が高まり、日本の自動車メーカーでも部品の共通化の動きが活発となっている。

この研究は、企業の取引関係の情報を含む東京商工リサーチのデータを利用して、自動車産業におけるトップ100社の取引関係が、2006年から2011年にどのように変化したかを分析したものである(図1)。分析の手法の詳細はディスカッション・ペーパー本文に譲るが、ネットワークの構造と企業の業績がどのように相互に影響しつつ変化していくかを、ネットワーク科学の手法を用いて定量的に分析している。

その結果わかったのは、2006年から2011年にかけて2次サプライヤーの数を減らすようにネットワーク構造が変化していることである。たとえば図2のような、1次サプライヤーを通さず2次サプライヤーと直接取引するような変化が起きたことが、定量的に裏付けられている。

また、1次サプライヤーが増えれば増えるほど、顧客企業の労働者1人当たり売上高が増える傾向にあることも見出された。これは、図2のように2次サプライヤーと直接つながるように取引を変えて1次サプライヤーを増やすことで、自動車メーカーはより生産性を上げられることを示している。これは、1次サプライヤーが増えることで、市場が競争的になるからだと解釈できる。

さらに、1次サプライヤーの1人当たり売上高が多ければ多いほど、むしろ顧客企業の1人当たり売上高が減る傾向にあることも示された。サプライヤーが高い利益を享受することは、伝統的な系列関係においては、質の高い部品の安定供給を保証させることで自動車メーカーの利益にもなったが、この分析結果はその構図が崩れてきていることを示している。つまり、自動車メーカーは、部品を共通化することで生産性の必ずしも高くない企業から部品を調達できるようになるが、それによって生産性を伸ばすことができるのだ。

これまで、日本の自動車産業における系列関係の解体や部品共通化の浸透は、定性的な学術研究やマスコミによる調査によって示されてきた。たとえば、トヨタ自動車副社長からダイハツ工業会長に転じ、現在は相談役・技監の白水宏典氏は、生き残りのために系列を解体し、その結果1台あたり1000ドルのコスト削減に成功したとJapan Timesの記事で発言している(注1)。我々の研究は、このような事例で見出されていたことを、定量的なネットワーク分析によってより一般的な事象として明らかにすることができた。

このような変化に対して、これまで系列関係に依存して高い利益を得てきたサプライヤー企業は対応を迫られている。系列の解消とともにメーカーとの排他的な関係が消滅した以上は、サプライヤーが生き残るためには日系以外を含む他のメーカーとの取引や、場合によっては他業種への進出を積極的に進めていかなければならない。多様な取引先とつながることで多様な知識を取り入れて企業が成長できることは、筆者らの別の論文(注2)でも示されている。

これまで競争的な自動車産業の中で生き残ってきたサプライヤーは、技術的には十分にそのような転換が可能であるはずだ。しかし、規模が小さいために情報収集力の点で劣っている企業も多く、スムーズな転換のためには政策も必要である。特に、世界の部品市場に関する情報や、競争力獲得を目標とするM&Aや産学連携のための情報を交換できるようなプラットフォームを政府が提供することが期待される。

図1:自動車産業トップ100社のネットワークの経年変化
図1:自動車産業トップ100社のネットワークの経年変化
図2:分析から推定されるネットワークの変化
図2:分析から推定されるネットワークの変化

脚注

  1. ^ Shiromizu, Norihiro, "Daihatsu dismantling 'Toyota Way' as market changes," the Japan Times, January 16, 2015.
    なお、本論文のタイトルは、白水氏の発言から取ったものである。
  2. ^ Yasuyuki Todo, Petr Matous, Hiroyasu Inoue, "The Strength of Long Ties and the Weakness of Strong Ties: Knowledge Diffusion through Supply Chain Networks," RIETI Discussion Paper (15-E-034).