ノンテクニカルサマリー

アジアにおける産業別実質実効為替相場

執筆者 佐藤 清隆 (横浜国立大学)
清水 順子 (学習院大学)
ナゲンドラ・シュレスタ (横浜国立大学)
章 沙娟 (横浜国立大学)
研究プロジェクト 通貨バスケットに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

国際マクロプログラム (第三期:2011~2015年度)
「通貨バスケットに関する研究」プロジェクト

実質実効為替レート (Real Effective Exchange Rate: REER) は、輸出競争力を測る指標として国際金融・国際経済学の分野で一般的に用いられている。Bank for International Settlements (BIS) やInternational Monetary Fund (IMF) などの国際機関が実質実効為替レートのデータを公表しており、これまで実証分析で広く使用されてきた。しかし、これら国際機関が公表する実質実効為替レートは産業全体の平均値である。通常、輸出競争力は産業によって異なるはずであるが、これまでの研究では産業全体の平均値としての実質実効為替レートが使用されており、実質実効為替レートを産業別にデータベース化する取り組みは行われてこなかった。

実質実効為替レートのデータを初めて産業別に公表したのは経済産業研究所である。2012年5月に円の産業別実質実効為替レート (Industry-specific REER: I-REER) を公表し、2013年4月からは中国人民元と韓国ウォンの産業別実質実効為替レートの公表も開始した。そして、2015年3月よりアジアの6カ国(台湾、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、タイ)を加えた、9カ国の産業別実質実効為替レートを公表する。なお、これまでは日次データのみを公表していたが、2015年3月より月次データの公表もスタートする。

産業別実質実効為替レートの最大の利点は、輸出価格競争力を産業別に分析することができる点にある。図1は、各国の輸出額ベースで上位5番目までの産業の実質実効為替レート、そして全産業の実質実効為替レートの平均値(黒の太線)を示している。アジア諸国において産業ごとの実質実効為替レートが大きく異なる動きを見せており、輸出価格競争力の産業間の違いは明瞭である。特定の産業(たとえば電気・電子産業)の輸出価格競争力の国際比較を行う際には、当該産業の輸出価格競争力を測る適切な指標が不可欠であり、本データベースが実証研究において幅広く用いられることが期待される。

図1:アジア9カ国の産業別実質実効為替レート
図1:アジア9カ国の産業別実質実効為替レート
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注:2001年1月から2014年4月までのデータ(2005年1月=100)。各国の上位5産業(輸出額ベース)の実質実効為替レートと全産業の実質実効為替レートの平均値(黒の太線)。

産業別実質実効為替レートにはもう1つの利点がある。すなわち、当該国の輸出競争力を測る上で、産業別実質実効為替レートの全産業の平均値 (Avg-I-REER) は、BISの実質実効為替レート (BIS-REER) と比較してもより適切な指標となりうることである。まず、図2をみてみよう。図2の赤の実線はAvg-I-REERを、青の実線はBIS-REERを示している。9カ国中の5カ国で2つの実質実効為替レートが大きく異なる動きをしていることがわかる。とりわけシンガポールとフィリピンでAvg-I-REERとBIS-REERの動きが顕著に異なっている。このように2つの実質実効為替レートのデータが大きく異なる動きを示す理由としては、(1)データ構築に用いる物価データの違い、(2)各産業の加重平均を計算する際のウェイトの違い、の2つが影響していると考えられる。Avg-I-REERは生産者物価指数と輸出額ベースの産業ウェイトを用いて加重平均をとっているのに対して、BIS-REERは消費者物価指数と輸出+輸入のデータに基づいて実効レートを計算している。輸出価格競争力を分析する上では、消費者物価指数よりも生産者物価指数を用いて実質化し、さらに輸出額ベースの産業ウェイトを用いて分析したAvg-I-REERの方が適切だと考えられる。

図2:アジア9カ国の実質実効為替レートおよび物価指数の比較
図2:アジア9カ国の実質実効為替レートおよび物価指数の比較
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注:2001年1月から2014年4月までのデータ(2005年1月=100)。Avg-Iは産業別実質実効為替レートの全産業の平均値、IPPI-Expは産業別生産者物価指数の輸出シェアに基づく加重平均値、BISはBISの実質実効為替レート、CPIは消費者物価指数を示す。

この点を確認するために、アジア9カ国のAvg-I-REERとBIS-REERのそれぞれが実質輸出に及ぼす影響を、2001年から2013年までの月次データを用いて、パネル分析による推定を行った。その結果、Avg-I-REERの増価は実質輸出の水準に有意に負の影響を及ぼす、すなわち自国通貨の増価が当該国の輸出品の価格競争力を低下させて輸出量を減らすという関係を表すことに成功しているのに対して、BIS-REERの増価は実質輸出の水準に正の影響を及ぼすことが確認された。

以上の分析結果は、産業別実質実効為替レートの全産業の平均値のデータが、従来の研究で広く用いられているBISの実質実効為替レートよりも、輸出価格競争力を測る指標としてより適切であることを示唆している。経済産業研究所が公表する産業別実質実効為替レートが産業別の分析のみならず、一国レベルの輸出価格競争力の分析においても広く用いられることが期待される。