ノンテクニカルサマリー

生産性・企業規模・金融的要因と輸出行動:わが国の中小企業の場合

執筆者 小川 一夫 (大阪大学社会経済研究所)
得津 一郎 (神戸大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

製造業全体で大企業の60%近くが輸出をしているのに対して、中小企業のなかで輸出をしている企業の割合は28.2%にとどまっている(2009年度現在)。また製造業輸出総額のうち中小企業が占める割合もわずかに6.5%である。なぜ中小企業は大企業に比べて輸出をしないのだろうか。この問に答えることが本研究の目的である。

その原因として3つの要因が考えられる。第1に貿易を開始するには輸出の担当部署を設置し、海外における市場調査を実施して販売先を開拓しなければならず、そのための費用負担が中小企業にとって重いことである。

第2の理由は、大企業に比べて中小企業の生産性が低い点である。生産性が低ければ、それだけ価格競争力がなく海外市場で販売する上で不利な状況におかれる。

第3の理由は、資本市場において中小企業は資金的な制約を受けており、輸出を行う上で必要な資金が確保できない可能性である。この研究では、輸出を制約すると考えられるこれら3つの理由のうち、実際にはどの要因が中小企業の輸出を抑制しているのか、大企業と比較した分析を行った。分析は、輸出を開始する際に重要な要因は何なのか、輸出企業が輸出の水準を決定する要因は何なのか、という2つの視点からなされた。1995年度から2009年度までの経済産業省『企業活動基本調査』の個票データを使用して、わが国の輸出を主導する4つの業種(一般機械、電気機械、輸送用機器、精密機械)を対象に計量的な分析を行った。

まず、輸出を開始する要因であるが、中小企業、大企業ともに総資産で測った企業規模が大きく、流動資金が多いほど輸出を開始する確率が高まることがわかった。また、一旦輸出のスタートアップに伴う困難さを克服して輸出を開始すれば、輸出を継続させることが容易であることがわかった。また、輸出からの収益性を示すプライス・コスト・マージン(輸出価格を輸出1単位あたりの生産コストで除したもの;PCM)の高低は、中小企業、大企業ともに輸出開始の確率に影響を及ぼさなかった。PCMは生産性の高さを反映しているから、この事実は生産性の高低が輸出を開始するか否かの決定には影響を及ぼさないことを意味している。

輸出水準の決定要因については、中小企業、大企業ともに企業規模に加えてPCMが重要な影響を及ぼしていることがわかった。企業の生産性上昇がPCMを通じて、輸出を増加させるわけである。中小企業にとってはこれらの要因に加えて、金融機関の輸出企業に対する貸出態度が重要であることもわかった。金融機関は中小企業が輸出を行う上で資金的なサポートに加えて、金融機関が蓄積している情報やネットワークを活用して中小企業の輸出を支援しており、こうしたサービスと相まって貸出態度が中小企業の輸出に影響を与えているものと考えられる。

輸出水準の決定要因に関する実証分析の結果を用いて1999年度から2007年度までの「失われた10年」からの脱却期に輸出の成長に貢献した要因を探った。その結果、大企業、中小企業ともに企業規模の拡大が輸出の成長に貢献したことがわかった。この時期における輸出の成長に対する企業規模拡大の寄与は、中小企業では7%~34%、大企業では17%~56%であった。また、大企業の輸出の成長には生産性上昇の貢献が大きく、中小企業の輸出の成長には金融機関の貸出態度の貢献が大きいこともわかった。ちなみに大企業の輸出の成長に対する生産性の寄与は輸送用機器を除けば20%~36%、中小企業の輸出の成長に対する金融機関の貸出態度の寄与は5%~17%であった(図参照)。

最後に、われわれの分析結果から導かれる政策的含意を述べておこう。

冒頭で見たように中小企業の多くは輸出を行っていない。このような企業が輸出を開始するためには、どのような政策的手段が必要となるのだろうか。すでにみたように、中小企業は規模が大きくなければ、いくら優秀な技術を持った高生産性企業であっても、輸出を開始するためのハードルを超えることは困難となる。規模の小さな企業であっても優秀な技術を有した高生産性企業にとって輸出が可能となる環境を整えることが喫緊の課題である。具体的には、販売先の開拓、信頼できる提携先・アドバイザーの確保、必要資金の確保など、輸出を実現するために必要な情報を提供できる支援体制の構築が必要となる。

図:各要因の輸出の成長への貢献度比較:1999-2007
図:各要因の輸出の成長への貢献度比較:1999-2007
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備考:数字は輸出の成長に対する各要因の寄与度を示す(%)