ノンテクニカルサマリー

出身大学、職務評価、昇進:雇用者学習モデルの人事データを用いた推定

執筆者 荒木 祥太 (研究員)
川口 大司 (ファカルティフェロー)
小野塚 祐紀 (一橋大学 / ウエスタンオンタリオ大学)
研究プロジェクト 企業内人的資源配分メカニズムの経済分析―人事データを用いたインサイダーエコノメトリクス―
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業内人的資源配分メカニズムの経済分析―人事データを用いたインサイダーエコノメトリクス―」プロジェクト

会社内での出世を決めるのは出身大学か、入社後の業績か? この疑問に答えるため、本研究では雇用主が各ホワイトカラー従業員の能力を出身大学と上司からの評価を組み合わせることで推測し、能力が高いと判断されたものを昇進させるというモデルを構築し、そのモデルパラメータを製造業大手2社の人事データを用いて推定した。

図1に示すのは1つの会社の職能資格の構造であり、矢印の横には1年間の間におこった等級移動の割合が示されている。この図1の数字は名門国立大学を卒業した従業員に関するものであり、図2の数字は非名門私立大学を卒業した従業員に関する数字である。矢印の横の数字を比べてみると、名門国立大学の卒業生は非名門私立大学の卒業生に比べて、昇進する確率が全般的に高いことがわかる。

図1:名門国立大学を卒業した大卒社員の職能等級移動図
図1:名門国立大学を卒業した大卒社員の職能等級移動図
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図2:非名門私立大学を卒業した大卒社員の職能等級移動図
図2:非名門私立大学を卒業した大卒社員の職能等級移動図
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この2つの図から受ける印象は名門大学の卒業生が昇進に当たって優遇されているというものであるが、卒業大学の偏差値ランクと上司からの評価の関係を分析すると名門大学を卒業したものは上司から高い評価を受ける確率が高いことも明確になった。そのため、名門大学を卒業したものの昇進確率が高いのは、名門大学を卒業したことによるものなのか、彼らの上司からの評価が高いことによるものなのかを、多重回帰分析の枠組みで分解して考える必要がある。

統計分析の結果、過去の上司からの評価が同じであったとしても、名門大学の卒業生は非名門大学の卒業生よりも昇進確率が高いことが明確になった。しかし、この名門大学を卒業したことの影響は職能資格等級が上がるにつれて弱まることや、入社からの年数がたつにつれて弱まっていくことが明らかになった。この事実は、雇用主が各労働者の能力を出身大学から推測し、その推測値を入社後の上司からの評価を見ることで徐々に修正していくという雇用主学習モデルの予測と整合的である。

雇用主学習モデルのモデルパラメータを推定したところ、雇用主の学習のスピードは速く、労働者の能力に関する初期的な誤差は3から4年ののちには半減することが明らかになった。つまり仮に能力が低いものが名門大学を卒業しても、その能力の低さゆえに上司からの評価が低くなり、結果として昇進が遅くなるということが明確になった。逆に能力が高いものは仮に名門大学を卒業しておらずとも、その能力の高さが上司に見いだされ昇進していくことも意味している。

18歳時点での大学入試の結果は、認知能力や忍耐力などの非認知能力と相関していると考えられるため、出身大学がどこであるかは、職務能力を予測するうえでの大まかな指標にはなるものの、そこに含まれている誤差の大きさを考えれば、出身大学のレベルと職務上の達成はある程度相関している一方でその相関は完全なものとは程遠いと考えるのが自然であり、本稿の分析結果はその直感を裏付けるものとなっている。

以上のような現実的な含意を持つ本稿の分析結果であるが、雇用主学習モデルの構造パラメータを人事データを用いて推定し、教育のシグナリング効果の大きさを数量的に明らかにした世界初の論文であり、学術的貢献も大きい。