ノンテクニカルサマリー

国の規模、技術水準、リカード型比較優位

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「複雑化するグローバリゼーションのもとでの貿易・産業政策の分析」プロジェクト

近年の企業レベルのミクロデータを使った実証研究により、企業の輸出参加率について、大きく2つのことが明らかになっている。1つは、企業の輸出参加率は各国の比較優位によって大きく異なることである。具体的には、先進国ではカスタマイズされた中間財を集約的に使う産業(たとえば化学産業)での企業の輸出参加率が高く、途上国ではジェネリックな中間財を集約的に使う産業(たとえば衣類産業)での企業の輸出参加率が高い傾向にある。2つは、企業の輸出比率は主要な産業ではゼロではないことである。即ち、比較優位の産業でも輸出企業は少数であるのに対し、比較劣位の産業でも輸出企業は存在する。図1はこれらの点を日中企業について示したものである。日本の場合、日本が比較優位を持つ化学産業や機械産業などでは輸出参加率は相対的に高いものの、その比率は2割未満にとどまり、残り8割以上の企業は日本国内に製品を供給している。逆に、日本の比較劣位産業である食品産業や飲料産業ではこの比率は大幅に低下するものの、わずかながら輸出企業が存在する。一方、中国では日本とは逆のパターンになり、化学産業など中国にとって比較劣位(日本にとって比較優位)の産業で企業の輸出参加率は低いが、衣類産業など中国にとって比較優位(日本にとって比較劣位)の産業でこの比率が高い傾向にある。

図1:日中企業の輸出参加率
図1:日中企業の輸出参加率
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(a)出所:Tomiura (2007, Table 2) より作成
(b)出所:Lu (2011, Figure 1) より作成

伝統的な貿易理論では製品を輸出するのは企業ではなく国であり、また完全競争を仮定しているために、企業の数やサイズが決まらないことになり、企業の輸出参加率も決まらない。一方、新貿易理論では規模の経済や不完全競争を取り入れて企業の存在を明示的に分析するものの、一般的に企業間の対称性を仮定するために、産業内では全ての企業が輸出するかどの企業も輸出しないことになり、企業の輸出参加比率は100%または0%かという極端な結果になる。本研究の目的は、図1にあるような現実のデータで観察される、比較優位によって異なる企業の輸出参加率に関する定型化された事実を理論的に説明することである。

主要な結果は以下の3つに集約される。1つは、比較優位と企業の輸出参加率の関係である。輸出企業の生産性は平均的に国内企業の生産性よりも高いこと、そして輸出するには莫大な市場参入費用がかかることが知られており、既存研究ではこの輸出費用のために生産性の高い一部の企業のみが輸出できるとされる。本研究では、比較優位を考慮に入れると、比較優位の強さに応じて、輸出企業の国内企業に対する生産性の「プレミア」が低下することを示した。その結果、比較優位が強い産業ほど、輸出企業と国内企業の生産性の差が小さいので、生産性の低い企業も輸出でき、企業の輸出参加率が上がる。逆に比較優位が弱い産業ほど、両者の生産性の差が大きくなるので、生産性の高い少数の企業のみしか輸出できず、企業の輸出参加率が下がる。直感的には、各国の比較優位が強い産業ほど、自国企業は他国のライバル企業に比べて相対的により効率的な生産ができるようになり、輸出市場での競争に有利な立場にたてるため、輸出からの利益が相対的に大きく、必要な輸出参入費用を支払いやすくなり、生産性の低い企業でも輸出できる。逆に比較優位が弱い産業ほど、自国企業は他国のライバル企業よりも生産効率が悪いので、生産性の高い企業のみに輸出機会が限られるのである。

2つは、比較優位と貿易の外延 (extensive margin) や内延 (intensive margin) の関係である。各国のある産業の総輸出量RはR=M×(R/M)のように分解できる。右辺の第一項目Mは輸出企業数を表し、これを貿易の外延と言い、第二項目R/Mは企業間の平均輸出量を表し、これを貿易の内延と言う。比較優位が強い産業では、上に述べたように、生産性の低い企業も輸出できるので、輸出企業数である外延Mが上昇する。それに対し、平均輸出量である内延R/Mは2つの効果が混在する。まず、比較優位が強くなるほど、この国は相対的に効率的な生産ができるので、総輸出量Rが上昇し、平均輸出量R/Mも上昇する。一方、比較優位が強くなるほど、生産性の低い企業が輸出するようになるので、輸出企業数Mが上昇し、平均輸出量R/Mが下落する。よって、比較優位の強さに応じて、外延は必ず上昇するが、内延は上昇か下落かは不明になる。この内延の増減は企業の生産性の分布に依存し、たとえば企業の生産性がパレート分布に従うならば、内延は比較優位の強さの影響を全く受けなくなり、総輸出量は外延を通じてのみ増えることになる。

3つは、国の規模(人口)と輸出参加率の関係である。本研究でのモデルは、先進国の規模が大きくなると、先進国での企業の輸出参加率は上昇し、途上国でのこの比率は低下すると予測する(途上国の規模が大きくなると、逆のことが起きる)。その理由は、労働市場を通じた途上国に対する先進国の相対賃金が低下することにある。相対賃金の低下により、先進国では輸出参入費用が低下し、輸出からの収益性が改善するため、以前には輸出できなかった生産性の低い企業が輸出できるようになり、企業の輸出参加率が上昇する。同じ理由から、途上国では相対賃金が上昇することを通じて、輸出からの収益性が悪化するため、以前は輸出していた生産性が高くない企業が輸出市場から退出し、企業の輸出参加率は低下する。この理論的な予測結果は日本の少子化問題と対中貿易関係を考えるのに有用である。従来の貿易理論では、日本の少子化によって、日本の比較優位産業が中国に取って代わられるという産業間の調整を強調する。本研究では、この産業間の調整だけでなく、貿易の外延と内延を通じた産業内の調整の重要性を指摘する。即ち、日本の規模が縮小し、日本の中国に対する相対賃金が上昇することを通じて、輸出からの収益性が低下し、生産性の低い日本企業は中国市場から退出するので、貿易の外延は下落する。一方で、この収益性の低下によって輸出し続けるのは生産性の高い日本企業のみに限定されるので、貿易の内延は上昇するのである。