ノンテクニカルサマリー

高齢化、地域間所得格差と産業構造:R-JIPデータベースおよびR-LTESデータベースを用いた実証分析

執筆者 深尾 京司 (ファカルティフェロー)
牧野 達治 (一橋大学)
研究プロジェクト 地域別・産業別データベースの拡充と分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「地域別・産業別データベースの拡充と分析」プロジェクト

高齢化のペースは都道府県間で異なる。たとえば、秋田県や島根県の現在の65歳以上人口比率は、全国平均の15年後、東京の25年後の水準に相当する。現在の高齢化県は、将来日本全体が経験する経済状況を先取りしていると考えられる。この論文では、1)なぜ一部の県で著しい高齢化が進んだのか、2)高齢化県では、労働生産性や全要素生産性(TFP)が低いが、それはなぜなのか、3)日本のように高齢化が進む国では、今後、貯蓄の減少により貿易・サービス収支が赤字化する可能性が指摘されることが多いが、高齢化県を1つの国と見なした場合、その貿易・サービス収支赤字(県の場合には財・サービスの純移入と呼ばれる)は、どれほどの規模で、それはどのようにファイナンスされ、これにより高齢化県の産業構造はどのような影響を受けているのか、について分析した。

分析のため我々は、経済産業研究所の「地域別・産業別データベースの拡充と分析」プロジェクト(リーダー:徳井丞次信州大学教授)と一橋大学経済研究所が共同で構築した都道府県別産業生産性データベース2013(R-JIP 2014:1970‐2009年をカバーし、23産業別の資本投入、質を考慮した労働投入、付加価値データを含み、TFPが計測できる。また1955年からの都道府県別マクロTFPが計測できる)、および一橋大学経済研究所が構築した都道府県別長期経済統計データベース(R-LTES 2015:明治初期からの産業別労働生産性や人口移動が計測できる)という、2つの新しいデータベースを活用した。

現在、一部の県で高齢化率が高いのは、それらの県で数十年前に人口流出が起きていたためである。図1には、社会増加率が最も高かった都道府県から順に並べ、人口累積値で見て純流入率トップ20%の都道府県グループ(その多くは東京都など豊かな都道府県である)と、純流出率トップ20%の都道府県グループの、社会増加率が示してある。この図から分かるように、日本国内における人口移動は、1950-70年に最も活発であったが、戦間期においても今日よりずっと活発であったことが分かる。島根県の65歳以上人口は、1950年においても全国平均より4割高かったが、その背後にはこのような長期にわたる人口移動の歴史がある。なお高齢化の程度の地域間格差は、低所得地域から高所得地域への人口移動減少に伴い、今後更に縮小することが予想されるが、人口移動減少の主因としては、人口移動の担い手である10代・20代の若者が減少することや、移動のインセンティブとなる地域間所得格差が低下傾向にあることが指摘できる。

図1:人口純流入率が最も高かった地域と人口純流出率が最も高かった地域(それぞれ累積人口20%)の社会増加率
図1:人口純流入率が最も高かった地域と人口純流出率が最も高かった地域(それぞれ累積人口20%)の社会増加率
出所)『国勢調査』

高齢化県は労働生産性が低い傾向がある。低い労働生産性の最大の原因は低いTFPにある。今後日本全体で高齢化が進展するが、これは日本のTFPを停滞させるであろうか。この点を確認するため、高齢化県でなぜTFPが低いのか、その原因を探った。

我々の分析によれば、高齢化がTFP水準を引き下げる、という因果関係は確認されない。むしろ逆の因果関係が働いていると考えられる。TFP水準が低い県では賃金が低く、若年人口の流出が起きる。つまり現在の高齢化県は、30-40年前にTFP水準が低かった。TFP水準は持続性を持つため、都道府県間TFP格差は安定的に推移し、その結果、現在のTFP水準と65歳以上人口比率に負の相関が観察される。このような視点から見れば、今後、高齢化の進展が全国平均の労働生産性を低下させる可能性について、恐れる必要はないと考えられる。

高齢化県は財・サービスの純移入率が高い。たとえば2011年度において、通常の国の場合なら貿易・サービス収支赤字の対GDP比にあたる、財・サービス純移入/県内総生産比は、秋田県で18%、鳥取県で20%にも達した。これは、政府による豊かな都道府県から高齢化県への所得移転によって支えられている。特に高齢化県は、膨大な社会保障費(年金・医療)を受け取っている。図2は、65歳以上人口比率と社会保障費(年金・医療)純受取の関係を示している。高齢化県では、県内総生産の15%近い社会保障費純受取を得ていることが分かる。

15年後の全国平均65歳以上人口比率は現在トップの秋田県や島根県と同水準になる。しかし、現在高齢化県が享受している財・サービスの純移入や年金・医療費の純受取を、日本全体が享受することは不可能であろう。日本の対外純資産はGDP比でたかだか60%であり、10%の純輸入率を10年間維持することさえ難しい。また、(現在の高齢化県にとっての東京のような)他の国からの巨額な所得移転も期待できない。

東京のように高齢化が遅れている地域はTFP水準、資本係数ともに高いため、高齢化地域より労働生産性が高い。しかし、現在高齢化県が享受している所得移転の水準を将来も維持することは不可能であり、高齢化が遅れている地域の居住者が今後経験する老後は、現在の高齢化県より厳しいものになると考えられる。

図2:65歳以上人口比率と社会保障費(年金・医療)純受取
図2:65歳以上人口比率と社会保障費(年金・医療)純受取
出所)『県民経済計算』、『平成23年度版都道府県別経済財政モデル』(内閣府経済社会総合研究所)、『国勢調査』、深尾・岳(2000)より推計。