ノンテクニカルサマリー

日本の人口構造の変化による財政への影響

執筆者 北尾 早霧 (客員研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

第一次・第二次ベビーブーム世代の引退、平均寿命の上昇、低迷する出生率の三要因によって今後数十年にわたり日本の高齢化は急速に進む。表1に示されるように、老年従属人口指数(20-64歳の生産年齢人口に対する老年人口の比)は2010年には40%を下回る水準であったが2080年には約90%と2倍以上に上昇する。

年金および医療保険支出の上昇が政府支出を増大させる一方、労働力の低下により課税ベースは縮小し、財政の悪化が懸念されている。本研究では、国立社会保障・人口問題研究所の将来人口推計に基づき、財政負担がどの程度上昇するかをいくつかの政策シナリオを想定した上で数値計算する。

年齢や賃金、資産などの異なる個人による貯蓄、消費、労働参加の意思決定を土台としたマクロ経済モデルを構築する。こうしたミクロベースのマクロモデルを使うことにより、高齢化や政策の変更に伴い資本や総生産、賃金といったマクロ経済変数がどのように変化するかを、個人のライフサイクルにおける最適行動の変化に基づいて分析することが可能となる。

消費税のみで財政支出の上昇を賄い財政均衡を達成しようとした場合、どの位の税率引き上げが必要となるであろうか。仮に年金やその他の財政制度に何の変化もない場合、年金支出は対GDP比で2010年の10%から2080年には20%にまで増加し、医療保険支出は同比約7%上昇すると算定される。

マクロ経済スライドが機能し、今後数十年にわたり約20%の年金所得代替率削減に成功した場合、全要素生産性が年率1%で上昇すると仮定しても消費税は2010年の5%からピークとなる2080年の38%まで約33%の引き上げが必要となる。

このような高水準の消費税率を実施することは政治的に不可能であろうことは想像に難くない。しかしながら、米欧のみならず近年では日本においても一般的に用いられてきたミクロベースのスタンダードなマクロ経済モデルを使って日本の人口構造の変化を分析した場合、このような数字が導き出されることは周知されるべきであり、政策議論の前提として共通認識されることが望ましい。老年従属人口指数が今後数十年で2倍以上上昇するのと同時に、年金および医療にかかる政府支出もGDP比約15%から倍増する。消費税の課税ベースとなる(消費税を除く)最終消費支出のGDP比が約50%とするなら、年金および医療にかかる政府支出の増加分だけを考慮しても30%の消費税率引き上げが必要となる()。労働力の減少から所得税の課税ベースが低下することなども考慮すれば必要な消費税率が30%を超えることは驚きではなく、複雑なブラックボックスのような経済モデルから導き出された非現実的な数字というわけではないことも理解されるだろう。

仮に年金支給率をさらに20%引き下げた場合、ピークの必要消費税率は38%から28%にまで低下する。また、年金支給開始年齢を現行の65歳からゆっくりと50年かけて5年引き上げた場合にも同程度の効果が期待できる。

年金支給が減る場合、経済活動が活発になることも予想される。それはなぜか。年金が大きく減らされれば引退後の生活を政府任せにはできず、減額された年金の代わりとなる貯蓄を自力で行わねばならない。政策の変更を受けたライフサイクルの見直しにより貯蓄率が上昇し、さらに貯蓄に向けられる可処分所得を増やすために労働意欲が増し、現行年金制度を維持する場合に比べ大幅な生産・賃金の上昇が予想される。

すなわち、老後の生活を支える資金源が、政府の支給する年金から自己の貯蓄へとシフトする結果となる。同じような分析結果は、賦課方式に基づく年金制度が個人の意思と責任に基づく積立方式の年金制度に移行した場合にもあてはまるだろう。前者と後者の大きな違いは、賦課方式においては働く世代から徴収された保険料や税が、徴収と同時に年金として高齢者に給付されるのに対し、積立方式においては積立金の支払いが資本として数十年にわたり生産活動に貢献することにある。また、資本の上昇により労働の相対的な希少価値が増すことから、賃金が上昇し労働を促進することにもつながる。

今後数年といった短期的スパンではなく、この先十年、数十年にわたり人口構造がどう変化し、財政負担が具体的な数字としてどう変わっていくのかについての共通認識を持つことが大切である。それを踏まえた上で、中長期的に望ましい日本経済および財政の姿を描き、適切な政策を選び、そこに至る過程を議論していくことが期待される。

図1:老年従属人口指数(%)(国立社会保障・人口問題研究所の出生・死亡率予測に基づき計算)
図1:老年従属人口指数(%)(国立社会保障・人口問題研究所の出生・死亡率予測に基づき計算)
脚注
  • ^ GDPを100とすると、(消費税を除く)最終消費支出は50、年金・医療の政府支出増加分は15となる。この増加分15を消費50に対する課税で賄うとすれば、必要な税率は15÷50=30%となる。