執筆者 | 石戸 光 (千葉大学) |
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研究プロジェクト | FTAの経済的影響に関する研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「FTAの経済的影響に関する研究」プロジェクト
本稿は日本が締結するすべての二国間FTA(経済連携協定)について、サービス部門ごとの日系企業による新規事業所投資件数をWTOの分類に基づいて整理した上で、発効前と発効後の第三モード(商業拠点の設立によるサービス提供)でのサービス貿易自由化度と商業拠点設立の投資件数との関係を考察した研究である(サービス貿易の第一モード、すなわち越境取引に限られていたFTAの効果分析を第三モード関連に発展させた点に新規性を有すると思われる)。まず東洋経済新報社発行の企業データベース『海外進出企業総覧』に基づき、2000年から2013年までのFTA相手国ごと、サービス部門ごとに日系企業によるサービス事業所の新規投資件数の統計を取ったところ、表1のような結果となった。続いてWTOのサービス貿易一般協定(GATS)形式のサービス自由化約束を行うシンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピンおよびベトナムにつき、サービス貿易自由化度を示すホクマン指数を独自に算出し比較を行った(表2)。
一般に新規投資には「間欠性」があり、分野および年によっては件数が0の場合もありうるため、最小二乗法など通常の統計解析が適切ではない。そこでこのような際の立地要因分析に関して用いられるポアソン回帰を適用し、表1で示される新規のサービス投資とサービス貿易自由化の関係を分析したところ、全体としてFTA締結後の各サービス部門ごとの自由化度を示すホクマン指数とサービス企業の新規事業所設立件数との間に正の相関が統計的に有意な形で観察された(ただし両者の因果関係については、双方向的である可能性が高い。またデータの入手には制約があり、政策に伴う時間的ラグや経済の「トレンド」との分離の困難さなど分析結果に留保は付く)。既存の投資件数と新規投資件数の間にも統計的に有意な正の相関が観察され、いわゆる「集積効果」の重要性を示唆していると思われる。
日本が締結した二国間経済連携の相手国 | FTA発効前の平均件数 (全サービス部門の平均) | FTA発効後の平均件数 (全サービス部門の平均) | 発効前後の比較 |
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シンガポール(2002年) | 15.67 | 22.45 | 増加 |
メキシコ(2005年) | 2.33 | 4.50 | 増加 |
マレーシア(2006年) | 6.29 | 9.57 | 増加 |
チリ(2007年) | 0.38 | 0.33 | 減少 |
タイ(2007年) | 29.6 | 32.5 | 増加 |
インドネシア(2008年) | 7.33 | 26.4 | 増加 |
ブルネイ(2008年) | 0 | 0 | 変化なし |
フィリピン(2008年) | 3.11 | 5.40 | 増加 |
スイス(2009年) | 1.4 | 1.75 | 増加 |
ベトナム(2009年) | 6.4 | 23.5 | 増加 |
ペルー(2012年) | 0.15 | 0 | 減少 |
平均 | 6.61 | 11.49 | 増加 |
注:国名に続くカッコ内には、発効年を示す。 出所:東洋経済新報社『海外進出企業総覧』より作成。 |
WTOの定義するサービス部門 | 日シンガポールEPA | 日マレーシアEPA | 日タイEPA | 日インドネシアEPA | 日フィリピンEPA | 日ベトナムEPA |
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1.実務サービス | 0.87 | 0.47 | 0.28 | 0.14 | 0.20 | 0.52 |
2.通信サービス | 0.50 | 0.55 | 0.32 | 0.44 | 0.39 | 0.73 |
3.建設サービス及び関連のエンジニアリングサービス | 1.00 | 0.05 | 0.40 | 0.40 | 0.00 | 1.00 |
4.流通サービス | 0.80 | 0.00 | 0.22 | 0.00 | 0.15 | 0.80 |
5.教育サービス | 0.80 | 0.05 | 0.55 | 0.15 | 0.75 | 0.50 |
6.環境サービス | 0.00 | 0.00 | 1.00 | 0.00 | 0.16 | 0.75 |
7.金融サービス | 0.66 | 0.59 | 0.18 | 0.33 | 0.62 | 0.87 |
8.健康に関連するサービス及び社会事業サービス | 0.40 | 0.25 | 0.00 | 0.13 | 0.19 | 0.50 |
9.観光サービス及び旅行に関連するサービス | 0.67 | 0.13 | 0.19 | 0.25 | 0.44 | 0.50 |
10.娯楽、文化及びスポーツのサービス | 0.40 | 0.30 | 0.00 | 0.00 | 0.00 | 0.25 |
11.運送サービス | 0.31 | 0.06 | 0.13 | 0.06 | 0.37 | 0.29 |
平均 | 0.58 | 0.22 | 0.30 | 0.17 | 0.30 | 0.61 |
注:ホクマン指数は、満点が1.0であり、国内サービス企業と完全に対等な活動が行えることを示す。0点に近いほど、国内サービス企業には適用されない規制が多く存在するか、自由化の約束を行っていない度合いが強いことを示す。 出所:それぞれの二国間経済連携協定に付属の約束表より算出。 |
現在注目される「組織の経済理論」の視点からは、第三モードすなわち商業拠点の相手国への新規設立によるサービス提供は、顧客ニーズに関する情報の不完全性および予測不能性を含めた「市場の不完全性」に起因する取引費用を削減する市場参入モードであるとみなされ、経済のサービス化の拡大にともなって今後さらに重要となってくるように思われる。このような取引費用削減を念頭に置いた政策的含意として、多国間のFTAを締結することがさらに日系サービス企業の新規事業所設立を促進させることが予想され、政策として望ましい、という点を今回行った分析の結語としたい。FTAの存在自体がアナウンスメント効果として上記の「市場の不完全性」の度合いを低減させうるのか、あるいはサービス貿易自由化度の指数自体が実質的に新規投資を増加させるのかについては、今後、既存FTAの発効後年数の増加と新規FTAの増加を踏まえてさらに精緻な検証が必要である。