ノンテクニカルサマリー

資源の非効率な配分と事業所のダイナミクス

執筆者 細野 薫 (学習院大学)
滝澤 美帆 (東洋大学)
研究プロジェクト 日本企業の競争力:生産性変動の原因と影響
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本企業の競争力:生産性変動の原因と影響」プロジェクト

限界生産性の低い企業から限界生産性の高い企業に資源を移動させることができれば、経済全体の生産性が高まる余地がある。しかし、現実の経済では、さまざまな規制、税・補助金、労働市場におけるミスマッチ、金融市場の不完全性などの歪み(distortion あるいはwedge)により、資源配分は非効率的となり、生産の損失が生じる。このような企業あるいは事業所レベルでの歪みが資源配分の非効率性を生み、経済全体の生産性を低下させることは、近年、途上国を対象とした研究で明らかになりつつある (Restuccia and Rogerson, 2008;Hsieh and Klenow, 2009)。たとえば、Hsieh and Klenow (2009)は、アメリカと同程度に労働と資本の限界生産力が事業所間で均等化されれば、中国ではTFPが30-50%上昇し、インドでは40-60%上昇することを示している。本稿では、「工業統計調査」の個票データを用いて、事業所レベルの資本と産出の歪みを計測し、その規模分布と製造業全体のTFPへの影響を試算した。さらに、歪みの要因を分析した。

総労働量と総資本量を所与として、資本と生産に対する歪みが全くない場合に実現される総生産量を Yefficientで表し、現実の生産量Yと仮想的な生産量Yefficientとの比率を、TFPGAPと定義する。また、全ての歪みを取り除いた場合の生産の増加率をTFPGAINと呼ぶ(TFPGAIN=1/TFPGAP-1)。同様に、産出の歪みのみ取り除いた場合に実現される総生産量と、現実の生産量との比率をTFPGAPcapitalと呼ぶ。以下の表には、今回計測された、TFPGAP、TFPGAINが示されている。サンプル期間中の平均のTFPGAPが71.7%であり、仮に何も歪みがない場合、TFPが約40%上昇することを示している。我々は、計測上の誤差や、モデルの定式化の誤りを考慮できていないが、日本の製造業におけるTFPGAINの大きさと、Hsieh and Klenow (2009)の分析で計測された米国のTFPGAINの大きさは比較することができる。もし資本と労働が米国と同程度に、限界生産力が均等化されるように再配分されれば、製造業のTFPは6.2%上昇する。また以下の表は、TFPGAPcapitalも示している。それが、82.6%であることから、生産のひずみがない状況で、さらに資本の歪みが取り除かれれば、TFP が約21%上昇することがわかる。このことから、ミスアロケーションによるTFPの損失の約半分は資本の歪みによって引き起こされているといえる。

表:TFPGAPとTFPGAIN
日本 (1981-2008年平均)米国 (1977、1987、1997平均)
産出と資本の歪みが
ゼロの場合との比較
TFPGAP71.7%73.3%
TFPGAIN39.6%36.6%
産出の歪みが
ゼロの場合との比較
TFPGAPcapital82.6%N.A.
TFPGAINcapital21.1%N.A.

以下の図には、TFPGAPの時間を通じた変化が示されている。図を見ると、TFPGAPがトレンドとして低下傾向にあるのがわかる。これは、この30年間、ミスアロケーションの程度が、徐々に悪化していることを示している。日本は、この30年間でさまざまな分野で規制緩和が行われてきたが、GDP成長率の低下傾向が、事業所間の資源の再配分の促進を阻害してきた可能性がある。

図:TFPGAPとTFPGAPcapital
図:TFPGAPとTFPGAPcapital

この他、今回の分析からは、現実の事業所の規模分布は、資本と産出の歪みがない場合の仮想的な分布に比べると、全体のばらつきが小さいこと、歪みは事業所の生産性成長率、参入・退出行動に大きな影響を与えていること、借入制約に直面する可能性が高い産業に属している事業所ほど歪みが大きいこと、労働者の高齢化が進むほど歪みが大きくなることがわかった。

本稿の結果から、資源配分の効率性を改善させることよって生産性を改善させる余地は大きいことがわかったが、そのためには、創立後間もない企業の資金調達を容易にすること、および金融システムの安定化が重要であることが示唆される。また、労働者の年齢構成と歪みの関係が明らかになったことから、労働市場および賃金システムに柔軟性を持たせることも、生産性向上に寄与するものと考えられる。

文献
  • Hsieh, C. and P.J. Klenow (2009) "Misallocation and Manufacturing TFP in China and India," Quarterly Journal of Economics 124(2), pp. 1403-1448.
  • Restuccia, D. and R. Rogerson (2008), "Policy Distortions and Aggregate Productivity with Heterogeneous Establishments," Review of Economic Dynamics 11, pp. 702-720.