ノンテクニカルサマリー

産業集積・都市における自然災害と企業の存続について

執筆者 Matthew A. COLE (University of Birmingham)
Robert J R ELLIOTT (University of Birmingham)
大久保 敏弘 (慶應義塾大学)
Eric STROBL (Ecole Polytechnique)
研究プロジェクト 地域経済の復興と成長の戦略に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「地域経済の復興と成長の戦略に関する研究」プロジェクト

論文の分析と結果

阪神淡路大震災の発生から20年が経過した。戦後都市部を直撃した地震としては最大の災害だった。今なお東京や大阪などの都市部や太平洋ベルトのような産業集積地域に直撃する地震のリスクは高く、発生確率は上昇してきている。本論文では都市や産業集積における災害の影響、特に製造業企業の生産性や雇用への影響を分析した。産業集積あるいは都市内部ではマーシャルの外部性など多くの正の外部経済、利益を享受することができるが、壊滅的な災害が一旦発生するとどうなるかは経済学ではよくわかっていない。そこで本論文では、災害発生後、集積や都市による外部性により被災企業が守られ生き延びることができるのか、生き残った企業はお互い助け合い共存するのか、あるいは逆に市場が破壊されるため、外部経済は享受できなくなる上に、共食いのように企業同士で生産要素を取り合いし、企業が市場から追い出されてしまうのか、を分析した。

分析の結果、集積度合が高い地域(町丁目)ほど生産性には大きな影響がないものの雇用を大きく減らすことが分かった。被災企業は労働市場の逼迫を通じた一種の共食い効果により、一部の企業を撤退に追い込んだり、存続していても雇用を大きく減らした。したがって、都市や産業集積では外部経済が存在するので自然災害に強いと思われがちだが、現実は厳しく、労働者を確保すべく共食いのようなことが起きることが分かった。さらに本分析では都市部でのインフラの損傷も分析し、道路の深刻な破損は企業の物資輸送に深刻な影響をもたらし、生産性や雇用の低下に拍車をかけることが分かった。

政策的インプリケーション

(1)都市部や産業集積における防災対策・防災計画
都市部での自然災害の際、政府や地方自治体は、自由市場経済から強い権限と規制をもって経済全般を統制する体制に一時的に移行する必要があるかもしれない。災害時の企業間での生産要素の奪い合いや過度な競争を防ぐために、生産物市場、労働市場を規制・統制する必要があるからである。

しかし、それ以上に重要なことは、防災対策として互助や共助を促進するような基盤や風土を日本社会全体に作っていくことである。現に今日、企業間や自治体間の防災対策や連携協定が多くなっており、地域内でも入念な防災計画や企業と自治体、住民が一丸となった計画も立てられている。東日本大震災の際、互助や連携が大きな復興する力となったことは記憶に新しい。こうした新たな公共の概念と意識による防災対策は極めて有用である。

個々の企業においては単なる被災対策にとどまらず、事業継続計画の作成を通じて、どうサプライチェーンや輸送網を災害時に確保するのかといった綿密な防災計画を立てておくことが重要であるが、本研究でわかったように、特に都市部や産業集積に立地する企業にとってはこのことはより一層重要である。これらの対策により災害後の企業間の過度な競争やつぶしあいといった負の連鎖を防ぐことができるだろう。

(2)都市内部のインフラ・輸送網の整備
都市部における道路といった基本的なインフラの整備は企業の損害を減らしたり、復興を早めるのに有効である。一般的にインフラや輸送網整備は自然災害において重要な役割を果たすことが知られているが、本論文での分析からは、都市部ではなお一層重要であることが分かる。具体的には、上述したような個々の企業の事業継続計画におけるサプライチェーンや輸送網の確保にとって、強靭なインフラや輸送網は必要不可欠であり、都市部における国土強靭化は非常に重要である。東京都心部では高速道路や主要道路などの老朽化が問題になっているが、これらの補強や修繕、あるいは新たな輸送道路網の早期整備が不可欠であるといえる。