ノンテクニカルサマリー

世界金融危機時における輸出急減と金融ショックの関係:「企業活動基本調査」を用いた実証分析

執筆者 内野 泰助 (リサーチアソシエイト)
研究プロジェクト 輸出と日本経済:2000年代の経験をどう理解するか?
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

国際マクロプログラム (第三期:2011~2015年度)
「輸出と日本経済:2000年代の経験をどう理解するか?」プロジェクト

分析の背景

2008年から2009年にかけての世界金融危機においては、国際貿易の急速な縮小が生じた。この縮小はGreat Trade Collapseと呼ばれ、金融危機と貿易縮小がどのように関連しているのかについて、各国でミクロデータを用いた実証分析が進みつつある。

輸出急減のメカニズムについては、大きく分けて2つの考え方が存在する。輸出される財と国内で需要される財・サービスとの間の構成や特性の違いによって説明されるという考え方と、貿易信用の収縮(一種のクレジット・クランチ)によって説明されるという考え方である。前者は、輸出される財の大部分が資本財や耐久消費財など、需要ショックを受けやすい財である点などに注目している。

一方後者は、より直接的に金融危機と輸出の減少とを関連付けている。企業が輸出をする際には、生産から販売までの時間差が生じるため、運転資金が必要になると考えられる。また、輸出企業が海外における取引相手を審査したり監視したりする能力には限りがあるため、取引相手のデフォルトに直面するリスクもより高いと考えられる。そのため輸出企業は、取引相手のデフォルトに対するヘッジと運転資金調達を目的として貿易信用を活用する。仮に、金融機関の貸出余力が低下し、貿易信用を企業に対して供与できなくなると、企業は運転資金を確保できず、輸出を減らさざるを得なくなる可能性がある(以後、「貿易信用のチャンネル」と呼ぶ)。本研究は、後者が日本の輸出急減に関わっていたかを、経済産業省「企業活動基本調査」(以後、「企活」と呼ぶ)を用いて検証する。

データセット

「企活」では、非上場企業を含む数多くの企業が継続的に調査され、7つの仕向地(アジア、中東、欧州、北米、中南米、アフリカ、オセアニア)別に企業レベルの輸出額を特定できる。しかし、企業の取引金融機関に関する情報は調査項目に含まれていないため、金融機関へのショックが輸出を含む取引企業の活動全般にどのように波及するのかについて、これまで同調査を用いて分析を行うことは難しかった。

本研究では、「企活」に取引金融機関リストを含む帝国データバンク社の企業情報データを統合することで、企業―銀行マッチデータを作成し、そうした分析を可能にした。本研究の分析においては、企業レベルの仕向地別輸出変化率を被説明変数としたパネルデータ分析を行い、取引金融機関への負のショックが企業の輸出行動に与えた影響を検証する。

記述統計による分析

「企活」の2003年調査から2008年調査に継続して回答し、帝国データバンク企業情報とのマッチが成功した企業のうち、輸出を行っている企業は各年において約2000社存在した。そのうち、上場企業は700社、非上場企業は1300社余りとなっている。企業数ではサンプルの3割程度である上場企業の輸出額の合計は、サンプル企業の輸出を合計した値の約96%を占めることが分かった。財務省貿易統計で報告されている年度別輸出合計額と比較しても、60%近くを占めることから、日本の輸出の大部分は少数の大企業の行動によって説明されることが明らかになった(表1)。これらの結果は、日本全体の輸出が特定の大企業の行動に左右される「脆弱性」を示唆しており、新たな輸出企業を育成することが政策上急務であることを物語っている。

パネルデータ分析

パネルデータ分析では、企業レベルの仕向地別輸出変化率を被説明変数として、企業属性や取引金融機関の属性に回帰し、金融機関の健全性指標(不良債権比率や自己資本比率など)が輸出額の伸びに影響を与えた影響を検証した。経営健全性が相対的に悪く、従って貸出余力が低い金融機関は、貿易信用の供与を縮小すると考えられる。そうした金融機関と取引がある企業は、運転資金を確保できず、輸出を減らさざるを得なくなったと考えられる。更に、世界金融危機時には、その傾向が一層強まっていたと推測される。

パネルデータ分析の結果をもとに、2005年度から2008年度におけるサンプル企業の平均輸出成長率が、取引金融機関の健全性に応じて、どの程度異なるかを求めた。図1では、輸送用機器製造業に属する上場企業の北米向け輸出に関して、取引金融機関の不良債権比率(B_NPL)が、サンプルの10、25、50、75、90パーセンタイル点である場合の輸出成長率をそれぞれ求めている。より高いパーセンタイル点に位置する企業ほど、取引金融機関の経営健全性が悪いことになる。この図から、不良債権比率が高い金融機関と取引のある企業の輸出成長率は低く、その程度は、世界金融危機時に強まっていたことが分かる。しかしながら、推定結果をもとに金融機関の要因が世界金融危機時における日本全体の輸出急減に与えた定量的効果を求めると、それは非常に小さいことが分かった。経営健全性が相対的に悪い金融機関と取引のある企業の輸出額は、全体のごく僅かしか占めていなかったためである。

本研究の分析によって、世界金融危機時における定量的効果は限定的であったことが明らかとなった。しかし、貿易信用の利用可能性が企業レベルの輸出行動に対して強い影響を持っていることは、引き続き示唆される。従って、今後、日本全体の輸出動向を検討する際には、輸出企業の貿易信用の利用可能性についても注視していく必要があるといえよう。

表1:上場企業の輸出が全体の輸出・輸出変化額に占める割合
年度 対サンプル企業輸出合計額 対貿易統計
シェア 変化額への貢献度 シェア 変化額への貢献度
FY2003 96.41% 57.98%
FY2004 96.49% 97.56% 56.66% 43.53%
FY2005 96.19% 93.03% 55.91% 48.86%
FY2006 96.44% 97.97% 57.67% 70.79%
FY2007 96.23% 94.20% 57.84% 59.56%
FY2008 95.68% 98.63% 55.91% 67.64%
注意:サンプルに含まれる上場企業の輸出額と輸出変化額がサンプル全体あるいは財務省貿易統計に報告されている日本全体の輸出額と輸出変化額に占める割合をそれぞれ表している。

図1:企業の輸出成長率と取引金融機関の不良債権比率の関係(2005年度~2008年度)
図1:企業の輸出成長率と取引金融機関の不良債権比率の関係(2005年度~2008年度)
注意:取引金融機関の不良債権比率(B_NPL)に応じた、輸送用機器製造業に属する企業の対北米輸出額(対前年度変化率)を本研究の分析結果をもとに計算している。FYは年度を、p10, p25, p50, p75, p90はそれぞれ推定を行ったB_NPL値のパーセンタイル点を表している。