ノンテクニカルサマリー

女性の労働市場・家計内分配と未婚化

執筆者 宇南山 卓 (コンサルティングフェロー)
研究プロジェクト 日本経済の課題と経済政策Part2-人口減少・持続的成長・経済厚生-
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済の課題と経済政策Part2-人口減少・持続的成長・経済厚生-」プロジェクト

日本では、未婚化が進んでいる。図1は、国勢調査に基づき生涯未婚率(50歳時点における未婚率)の推移を示したものである。1985年までは5%以下だった「結婚をしない人」が、2010年には男性で20.1%、女性でも10.6%まで高まっている。未婚化は、出生率を低下させ、少子高齢化の原因となっている。すなわち、日本経済の最大の課題である少子高齢化の根本に未婚化問題が存在しているのである。それにもかかわらず、これまで未婚の原因は明らかにされてこなかった。

本研究では、構造的に未婚の発生メカニズムを明らかにする理論モデルを構築した。モデルにおいて、未婚の発生に中心的な役割を果たすのは、女性の労働市場である。日本やその他の先進国では、依然として、多くの女性が結婚・出産をきっかけに労働市場を退出している。いったん仕事を辞めてしまえば、退職前のキャリアパスに戻ることは極めて難しく、女性の所得は不可逆的に低下する。こうした女性の離職による所得低下は、独身にとどまっていれば発生しないコストという意味で、結婚の機会費用である。

問題は、この機会費用を負担しているのが、もっぱら女性であるという点である。近年、家計内での資源配分を考慮したモデルが急速に発展しつつある。その成果によれば、家計内分配の重要な決定要因の1つは、各個人の労働市場での所得であると指摘される。労働市場における所得が低い世帯員は、家計内での交渉力が低く、家計全体の資源の恩恵を十分に受けられないことが示されている。つまり、結婚によって所得が低下すれば、結婚後の資源配分は妻にとって不利なものになり、機会費用は実質的に女性だけが負担するのである。その意味で、未婚は機会費用を負担する女性の選択の結果であり、1)結婚によって女性が就業を継続できなくなる可能性が高い場合、2)就業を継続できなかった場合に所得が大きく低下する場合、3)結婚のメリットが小さい場合、4)妻の家計内での交渉力が低い場合、ほど未婚率が高まる。

モデルを使って日本の未婚化を考察すると、女性の就業形態間の所得差(フルタイム労働者とパートタイム労働者・正規労働者と非正規労働者の賃金差のようなもの)の拡大が未婚化の原因と考えられ、それ以外の要因は、それほど大きく変化したとは考えられなかった。図2は、賃金センサスのデータを用いて女性のフルタイム労働者とパートタイム労動者の時間あたりの賃金の比率と、合計特殊出生率の動向を示している。1990年代にかけて、女性フルタイム労働者とパートタイム労働者の差は拡大してきており、それとパラレルに合計特殊出生率も低下してきた。さらに2000年代半ば以降の賃金差の縮小によって、合計特殊出生率の回復を説明できるようである。

未婚化の発生メカニズムを明らかにしたことで、いくつかの重要な政策的なインプリケーションが導ける。特に重要なことは、政府が政策によって結婚の意思決定に影響を与える正当性を示した点である。現在の未婚化が、夫婦合計ではメリットがある結婚が、家計内分配の硬直性のために成立していないことが原因である可能性がある。家計内分配の構造を変化させることで未婚率を低下させることができれば、社会的にも望ましいのである。

また、具体的な介入方法について示唆がある。まず、女性の就業支援はしばしばフルタイム労働者としての状況を改善してきた。しかし、問題はパートタイムなどの非正規労働者としての待遇である。多様な働き方を推進する政策は、未婚化対策であることを意識する必要があるだろう。

さらに、現在の日本においては、未婚の解消だけでなく女性の労働力率の引き上げが重要な課題である。その意味では、両立可能性を高める以外の方法で未婚化の問題を解決しようとしては、女性の労働力率を引き下げることになる。少子化対策と女性労働の活用を同時に目指すのであれば、両立可能性の改善が必須である。先行研究では、両立可能性を改善する唯一の政策が保育所の整備だと指摘されており、保育所整備をますます加速させていく必要がある。

図1:男女の生涯未婚率の推移
図1:男女の生涯未婚率の推移
*総務省統計局「国勢調査」各年版より作成。
 生涯未婚率は,50歳時の未婚率であり、45-49歳と50-54歳未婚率の平均値で算出している。
図2:フルタイム・パートタイム間賃金格差
図2:フルタイム・パートタイム間賃金格差
*厚生労働省「賃金センサス」40-44歳の1時間あたり所定内賃金。
 女性のフルタイム労働者とは「一般労働者」、パートタイム労働者とは「パート労働者」。
 縦軸左目盛は、女性の「一般労働者」の時間あたり賃金を100%とする比率を示している。