ノンテクニカルサマリー

ホワイトカラー正社員の男女の所得格差―格差を生む約80%の要因とメカニズムの解明

執筆者 山口 一男 (客員研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

本稿の目的はホワイトカラー正社員の男女の所得格差について要素分解を行い、その結果の意味する事を議論することにある。筆者は以前『日本労働研究雑誌』に発表した(山口 2008)論文で、男女の時間当たり賃金格差は、男女の雇用形態(正規雇用・非正規雇用の別と、フルタイムと短時間勤務の別の組み合わせによる4区分)がその3分の1強を説明するが、より大きな原因はフルタイム・正規雇用者の中での男女賃金格差で、その格差が雇用者全体の男女の時間当たり賃金格差の半分以上を説明するという事実を示した。

今回特にホワイトカラー正社員内の男女の所得格差をより細かく要素分解することで、男女の賃金格差が生じるメカニズムの更なる解明を試みている。また筆者はより最近の研究で、これも『日本労働研究雑誌』(山口2014)に掲載されたものであるが、ホワイトカラー正規雇用者の間で、課長職割合の男女差がわが国では極めて大きく、その格差のうち企業に対するアンケート調査で企業の人事担当者が理由として挙げる、女性の学歴や勤続年数の不足で説明できる割合は21%と極めて小さいことを示した。今回の分析はその2つの論文の延長線上にある。今回この第2の筆者の論文で用いた経済産業研究所が2009年に行った『仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)に関する国際比較調査』の日本企業・雇用者データを再び分析し、結果を比較可能にしている。

まず仮説として、以下の5つを検証し、すべてデータと整合することを示した。
仮説1:ホワイトカラー正規雇用者の男女の所得格差は男女の人的資本(学歴、年齢、勤続年数)の差からも生じているが、それは説明できる部分に限っても最大要因ではない。
仮説2:ホワイトカラー正規雇用者の男女の所得格差を説明する要因のうち最大のものは、男女の人的資本の差では説明できない男女の職階の格差の影響である。
仮説3:ホワイトカラー正規雇用者の男女の所得格差を説明する要因には男女の平均的労働時間の差があるが、この男女差の男女の所得格差への影響は、大部分男女の職階の格差によって説明できる。
仮説4:男女の所得格差は、同じ職務の男性に比べ課長への昇進機会の少ない事務職者が多数であることが一因である。
仮説5:女性事務職は、仮に職階が男性事務職と同等になっても大きな所得格差が残り、これは男女の職階差では「説明出来ない男女格差」の要因の1つである。

分析結果は年齢、学歴、勤続年数の人的資本3変数の男女差で男女所得格差の35%を、職業、労働時間、職階の3変数合わせて追加の43%を、合計6変数で格差の78%を説明することを示した。ただこの説明度は一律でなく、たとえば継続就業による平均勤続年数増加により解消される男女所得格差の程度は大卒者の方が他の学歴より大きい。

単独では仮説2のとおり、職階の男女差が最も大きな説明力を持ち、人的資本変数を制御した後の追加説明度でも36%であり、人的資本3変数合わせた説明度の35%を上回る。一方男女の労働時間の差も、男女の職業の差も、その男女所得格差への影響はその7割以上が職階差の影響と重複し、職階差を考慮した後の労働時間差の影響は少なく、職業の男女差の影響は主に女性に事務職者が多いことから生じている事が判明した。

ホワイトカラー正社員に限ると、女性事務職は女性標本中78%、男性事務職は男性標本中27%と大きな違いがあるのだが、女性事務職者は以下の3点で不利であることが判明した。1つは、事務職では学歴や勤続年数など人的資本の男女差の解消が、男女の所得の解消に余り結びつかない。女性の多くが一般職者として年功賃金プレミアムの小さい職に配属される結果、勤続年数が延びても格差があまり縮まらないことが原因と考えられる。第2に事務職は女性の課長割合が管理職以外の他の職と比べて著しく低い。つまり女性事務職者の多くは管理職昇進から外されている。第3に他の職では職階が上がれば男女の所得格差が減少するのに、事務職では減少度が少ない。一方女性がこのように不利な事務職を選ぶのはそれが長時間労働など強い拘束のある働き方から免除される「一般職」の典型だからで、わが国企業には拘束性の強い働き方に高い昇進・昇給率を付与するという慣行が強く残っており、逆に女性は家族の役割との両立上強い拘束性は望まないため昇進・昇給上は不利な「女性事務職」を選び活躍が阻まれるという悪循環が生まれている。働き方の選好と昇進・昇給の機会を独立にすることが女性活躍推進上極めて重要だ。

また、わが国では平均所得も、その男女格差も、年齢によって増大するが、40歳代以降は年齢に伴う男女の職階格差の増大でほとんど説明できることが判明した(図参照)。学歴より性別が課長昇進率を決定するというわが国の傾向は筆者の上述の第2の研究でも示したが、それが年齢と共に大きくなる男女の所得格差の原因であるということが判明したのである。一方所得に関する男女の平等は課長以上の職に就く男女の間では、かなり実現されていることが判明した。ただし、標本女性中課長以上は4%、男性では36%であり、そのようなより公平な扱いを受ける女性は未だごく一部である。

図:男女所得格差の年齢変化
図:男女所得格差の年齢変化
経済産業研究所「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)に関する国際比較調査」(2009年)の日本企業・雇用者データを使用