ノンテクニカルサマリー

日本政策金融公庫との取引関係が企業パフォーマンスに与える効果の検証

執筆者 植杉 威一郎 (ファカルティフェロー)
内田 浩史 (神戸大学)
水杉 裕太 (株式会社 SHIFT)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

分析の背景

日本では、日本政策投資銀行、国際協力銀行、日本政策金融公庫、商工中金などいくつもの政府系金融機関が企業向けの貸し出しを行っている。日本銀行の資金循環統計によると、2013年3月末時点において、民間非金融法人企業への貸出金残高約407兆円のうち、政府系金融機関を含む公的金融機関によるものが約65兆円と16%程度を占めている。このため、日本でも、政府系金融機関による貸し出しの意義や効果に関する議論が活発に行われてきた。

こうした議論で特徴的な点は、その役割に関する評価が、肯定的なものと否定的なものとの間で振幅が大きい点である。2000年代半ばに小泉政権の下で郵政事業の民営化と並行して政策金融改革が行われた際には、政府系金融機関が民間部門の業務を圧迫して効率的な資金配分を妨げていると評価された。ところが、こうした流れは、2008年秋に発生したリーマンショックとその後の深刻な景気後退や、2011年3月に発生した東日本大震災に伴い逆転した。資金供給主体としての政府系金融機関の重要性が一転して強調されるようになり、政府系金融機関による貸出額が総貸出額に占めるシェアも高まった。

政府系金融機関に対する評価が二転三転する背景には、その役割を評価する根拠となる実証的知見が限られていることが挙げられる。日本政策投資銀行(旧日本開発銀行)など大企業向けの貸し出しを行ってきた機関に関しては、分析はある程度行われてきたが、それと比して、貸出先の規模が小さい中小企業向けの政府系金融機関については、企業レベルのデータ入手が難しいため、分析の積み重ねが少なかった。

そこで、本論文は、日本政策金融公庫中小企業事業本部(旧中小企業金融公庫、以下公庫と呼ぶ)から広範な貸出レベルデータの提供を受け、他の企業レベルデータとの接合を行った上で、中小企業向け政府系金融機関の貸し出しの決定要因とその効果について、今後の研究のベンチマークとなりうる包括的かつ定量的な分析を行った。以下では、得られた結果のうち、リーマンショック後の深刻な景気後退時に起きた公庫の貸出行動の変化と、公庫貸出と他の金融機関貸出との関係について説明する。

分析結果の紹介

公庫は、リーマンショック後の景気後退時に貸出行動を大きく変化させた。図表1は、公庫が新規に貸出契約を結んだ企業数を2005年以降集計したものである。徐々に減少していた新規契約件数が、2010年(2009年4月初から2010年3月末まで)に倍増し、2011年も高水準であったことが分かる。貸出先企業数が増えただけではなく、貸出先企業の属性も大きく変化した。公庫からの新規借入の決定要因の推計結果の年度ごとの変遷を示した図表2をみると、公庫は従来、利益率の高い企業、信用力が高く低い金利を支払っていた企業、売上高が伸びている企業に新規に貸し出していたが、この傾向がリーマンショック後に弱まったことが分かる。たとえば2009年までは、ROAが1%上昇すると公庫からの貸し出しを得る確率が0.6%から1%程度高まっていたものが、2010年以降にはROAが同じだけ上昇しても、公庫からの貸出確率は0.2%程度高くなるに過ぎない。売上高伸び率や、企業の信用力を示す金利も、2010年の推計では有意に貸出確率に影響しなくなり、公庫が成長性や信用力によらずに貸し出しを行っていたことがわかる。

図表1:公庫の新規契約件数
2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
公庫が新規に貸出契約を結んだ先数* 2591 2037 1613 1621 1963 4419 3227 1701
*前年3月末に借入契約がなく前年4月初から当年3月末までの期間に新規借入契約を結んだ先数

図表2:公庫からの借入確率の限界効果
2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011
ROA 0.562 *** 0.925 *** 0.792 *** 0.767 *** 0.947 *** 0.233 ** 0.212 *
支払金利 ‐4.015 *** ‐3.616 *** ‐2.577 *** ‐3.276 *** ‐1.667 *** 0.099 ‐0.865 *
売上高伸び率 0.115 *** 0.162 *** 0.198 *** 0.091 *** 0.100 *** 0.014 0.012
***, **, * significantly different from zero at the significance levels of 1%, 5%, and 10%, respectively.
たとえば2005年のROAの0.562は、ROAが1%上昇することにより公庫からの借入確率が0.562%ポイント上昇するという意味。

問題は、公庫によるリーマンショック後の貸出行動が、他の民間金融機関による貸出行動を圧迫するものとなっていないか、もしくは、経営状態の悪い企業を一時的に延命させ、かえってその後多くの企業破綻を招くようなことになっていないかという点である。これらの点を検証するためには、公庫から借り入れを受けた企業と、借り入れは受けなかったが事前の財務属性などが似通っている企業との間で、事後的な資金調達環境や経営状況にどのような差があるのかを比較する必要がある。図表3は、このような比較を、公庫からまたはそれ以外の金融機関からの借入残高(の対総資産比率)、借手企業が債務超過(負の自己資本比率)、破綻(デフォルト)などの経営危機に陥る確率、といった指標について行ったものである。これをみると、リーマンショック後の時期においては、公庫から借り入れを受けた企業では、借り入れを受けなかった企業に比して、公庫以外からの借入残高が減少していたこと、経営危機に陥る確率が概して低いことがわかる。たとえば右端の列からわかるように、2010年に公庫を利用した企業と利用しなかった企業を比べると、前者の2011年における破綻確率は後者よりも1.5%ポイント低い。この結果をみる限りでは、リーマンショック後における公庫の貸し出しは、他の金融機関が与信を減らす中で行われており、公庫は危機時における貸し出しを適切に行ったと評価することができる。

図表3:公庫を利用することによる借入や事後パフォーマンスへの効果
2005年
DID
2006年
DID
2007年
DID
2008年
DID
2009年
DID
2010年
DID
Δ(t+0)公庫借入/総資産 0.229 *** 0.205 *** 0.212 *** 0.172 *** 0.156 *** 0.111 ***
Δ(t+0)公庫以外借入/総資産 0.005 0.024 0.046 *** 0.015 0.008 ‐0.038 ***
(t+0)Pr(自己資本比率<0) ‐0.063 ** ‐0.039 ‐0.043 ‐0.036 ‐0.046 ‐0.148 ***
(t+1)Pr(自己資本比率<0) ‐0.050 ‐0.020 ‐0.047 ‐0.058 * ‐0.033 ‐0.043 **
(t+2)Pr(自己資本比率<0) ‐0.043 ‐0.047 ‐0.055 ‐0.042 ‐0.035 ‐0.068 *
(t+0)Pr(デフォルト) ‐0.021 * ‐0.018 * ‐0.044 *** ‐0.020 * ‐0.034 *** ‐0.019 *
(t+1)Pr(デフォルト) ‐0.017 * ‐0.038 *** ‐0.042 *** ‐0.061 *** ‐0.035 *** ‐0.015 ***
(t+2)Pr(デフォルト) ‐0.037 *** ‐0.031 *** ‐0.034 ** ‐0.046 *** ‐0.031 ***
右段上から4行目の‐0.038は、2009年(t‐1年)から2010年(t年)にかけて、公庫利用企業は非利用企業に比して、公庫以外からの借入減少幅が総資産対比で3.8%ポイント大きいという意味。
右段上から5行目の‐0.148は、2010年(t年)において、公庫利用企業は非利用企業に比して、自己資本比率が負の企業の比率が14.8%ポイントだけ小さいという意味。

もちろん、今回の分析結果に基づいて公庫の役割を評価するにあたっては、いくつか留意すべき点がある。まず今回の分析は公庫が貸し出しを行ってから2年間の企業パフォーマンスをみるにとどまっており、事後的なパフォーマンスを評価するには十分ではない可能性がある。また、公庫の貸し出しは経済が大きな負のショックに見舞われた危機対応のためだけに行われるのではないため、平常時における資金供給のあり方を含めて公庫の役割を検証する必要がある。今後はこれらの留意点を踏まえ、また公庫内で講じられた制度変更も考慮して、更に分析を進める予定である。