ノンテクニカルサマリー

中国における産業集積効果の検証:北京のシリコンバレーと沿海開発特区の事例

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「グローバル化と災害リスク下で成長を持続する日本の経済空間構造とサプライチェーンに関する研究」プロジェクト

1.問題意識

一般的に、発展途上にある後発国は経済発展、ならびに先進諸国へのキャッチアップをはかるためにさまざまな産業政策を策定し、自国の産業育成を図る。とりわけ成功例として知られるアジア地域の歴史を振り返ってみると、幼稚産業保護的なスタンスから、外資導入による成長、そして現在では集積やネットワークを重視した成長戦略に移行している。本稿の分析国である中国においても例外ではない。

しかし先進諸国におけるクラスター政策の成功例はあるものの、途上国においてそうした成功例をみつけることは極めて困難である。とりわけ生産性(TFP)の改善といった兆候が見られるのは皆無といってもよい。

そこで本研究では、改革開放以来、中国政府が一貫して採用してきた外資導入による国内産業の育成、発展といった産業政策の是非を、2つの分析から検証を試みる。1つ目の分析は、産業集積による発展の成功事例として名高い北京の中関村科技圏区の事例をとりあげる。中国のシリコンバレーの異名をもつ中関村科技圏区は、中国のハイテク産業振興のシンボルともいえる地域であり、多数のハイテク関連企業が集積している。仮にこの地域の集積戦略が功を奏しているのであれば、集積の利益を活かし、中関村科技圏区の企業の生産性向上は他地域と比べて大きくなるだろう。こうした差異が認められるのかどうかを検証した。

また2つ目の分析では、中国の高度経済成長を牽引してきた沿岸の開放都市を対象とする。これらの都市は多数の外資系企業を誘致し、輸出主導型の目覚ましい発展を遂げてきた。しかし、その外資導入と集積によって当該地域にどの程度のメリット(外部経済効果)が生じたのかは定かでは無い。こうしたスピルオーバー効果と呼ばれる集積のメリットについて沿海開放14都市に位置する企業のデータを用いて検証を行った。

2.分析結果の要点

まず、中関村科技圏区における産業集積の効果は、中関村科技圏区が本格的に産業集積を始めた1999年より前に進出した企業については見受けられるものの、1999年以降に進出した企業においては、その効果は限定的であった(表1)。ただし、中関村科技圏区への第一次投資ブーム期(1987-1995年)と第二次投資ブーム期(1999-2005年)を比較すると、後者に操業を開始した企業のパフォーマンスの方が概してよく、1999年以降には相対的に生産性の高い企業を呼び寄せる効果があったことは認められる(表2)。

表1:中関村科技圏区立地企業とその他北京市内立地企業との生産性比較
生産性の差 成長率の差
全体 0.098 ** 0.031
1998年以前の進出 0.119 ** 0.117 *
1999年以降進出 0.065 -0.131
注)プラスの場合は中関村科技圏区の生産性が高いことを示す
*、**、***はそれぞれ有意水準10%、5%、1%を示す

表2:第1次進出期(1987-1995年)と第2次進出期(1999-2005年)との比較
生産性の差 成長率の差
全国 0.087 *** 0.016
北京市内 0.077 0.030
注)プラスの場合は第2次進出期の生産性が高いことを示す
*、**、***はそれぞれ有意水準10%、5%、1%を示す

続いて沿岸開放都市の分析では、競争の激化といった市場の侵食効果によるマイナス部分と新製品の開発といった技術スピルオーバーなどによる産業の活性化のプラスの効果の双方を考慮して全体のスピルオーバー効果を考えると、マイナスの影響の方が強い可能性もあることが指摘できた。またこうしたスピルオーバー効果の影響を相対的に多く享受しているのは、中華系外資系企業や地場の国有企業であったが、日系企業を含む「その他外資」に関しては、スピルオーバー効果が認められなかった。

以上の分析によって、以下の点が指摘できる。産業集積を測った政策によって生じるはずのメリット、スピルオーバー効果といった点では、中関村科技圏区、沿岸開放都市のそれぞれの分析において、その効果は限定的であったといえる。無論、生産性の高い企業を誘致するといった意味では中国政府の思惑は一定程度成功しているが、現地企業へのフィードバックや企業間ネットワークの構築といった点では、本稿が対象としている期間を見る限り、大きな効果が観察されているとは言い難い。

3.政策的含意

中国に限らず、途上国の産業集積地や経済特区へ我が国の企業が進出するメリットとは、全要素生産性などの改善や企業ネットワークの構築というよりは、安価な労働力や生産コストの削減といったものが大きく、それが本稿の結果からもある程度裏付けられる結果となった。しかしながら、リーマンショック後や震災後により一層進んだ昨今の日本国内企業の海外進出には、海外におけるサプライチェーンの再構築や企業間ネットワークの深化といった点が重視され、これまでは日本国内にあった企業の統括本部などを海外へと移転する動きも目立っている。また、後進国においても技術力や経験などを積んだ熟練の労働者、ホワイトカラー層なども台頭し、国際競争力を持った地場企業などが育成されつつある。こうした変化は、産業集積のメリットを生じさせ、あるいは現地企業とリンクした企業間分業の構築などを引き起こし、本稿ではあまり観察できなかった集積のメリットを今後は創出していくことにつながるのかもしれない。

こうした動きの中で、今後アジア地域への海外展開を考えることとは、安価な労働者を求める単なる生産工程の移転という意味だけではなく、後進諸国における中長期的な発展をふまえ、現地でも企業の生産性を高められるような、より柔軟で中長期的な成長戦略が日本国内の企業にも求められるということでもある。その意味では、企業の海外進出を情報面、資金面でサポートする政府諸機関が果たすべき役割は大きい。