ノンテクニカルサマリー

仕事に関する「強み」自認の規定要因と効果-「30代ワークスタイル調査」の分析より-

執筆者 本田 由紀 (東京大学)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

あなたが仕事をする上での「強み」はなんですか。こう問われた時にまず思い浮かぶ事柄は、人によってさまざまだろう。それが「お客様に笑顔で接すること」であれ、「ビッグデータの分析スキル」であれ、思い浮かべられた事柄は、働く人々が日々の仕事をする上でも、これからの仕事人生の展望を描く上でも、重要なよすがとしているものだと考えられる。

人間の「能力」を客観的に計測することは非常に難しいとされてきた。多様な代理指標が工夫されてきたが、それらはあくまで代理指標にすぎない。ならば、人々にとっての主観的な「能力」、言い換えれば「能力アイデンティティ」としての「自分の強み」を分析することによって、人々が仕事の世界をどのように生き抜いているかが、むしろ描き出せるのではないか。それが本分析の問題意識である。

分析の中心に据える変数は、30代の有職男女2000名に、冒頭の質問に対して自由記述で回答してもらった結果をコーディングしたものである。バラエティに富む記載内容は、本人の性格やふるまい方と切り離せない事柄(気配り、サービス精神、まじめさ、忍耐力、器用さなど)と、特定の職業に直結した具体的な事柄(経理、法務、建築、IT、保育、美容など、およびそれらと関連する諸資格)とに大別することができる。本分析では、前者を「対人能力・行動様式」、後者を「スキル・資格」と呼ぶことにする。

これら2種類の「強み」をどこで身につけたかを質問した結果によれば、いずれもほぼ7割が「職場」で身につけられている。しかし、女性が「スキル・資格」を身につける場合に限り、「学校」や「生活」がそれぞれ2割台を占め、「職場」は半数まで下がる。最終学歴や転職歴などを検討すると、やはり女性において、高等教育(特に医療系や理系)経験を持つ者や、転職もしくは非正社員から正社員へのキャリアアップを経験した者の場合に、「スキル・資格」を自分の「強み」と考えている割合が高い。

より多くの変数との関連を、多項ロジスティック回帰分析を通して検討した結果が表1である。男性については、労働時間および職種との関連が強い。すなわち、「対人能力・行動様式」は長時間労働者や管理事務、サービス、販売などの職種で、「スキル・資格」は週40~50時間程度働く者や専門・技術職で、それぞれ自分の「強み」と感じられている傾向がある。他方で女性については、最終学歴および年収との関連が強い。すなわち、どちらの「強み」も大学・大学院卒が自認する傾向があり、また「対人能力・行動様式」は年収が相対的に低い層が、「スキル・資格」は年収が相対的に高い層が、それぞれ自分の「強み」としがちである。

表1:2種類の「強み」の自認の規定要因
(性別、多項ロジスティック回帰、基準:「強み」なし、数値はExp(B))

表1:2種類の「強み」の自認の規定要因

そして、他の仕事意識(主成分分析により抽出された6つの意識)との関連を示したものが図1である。際立っているのは、男性で「対人能力・行動様式」を「強み」と感じている者において、有名になることや高収入を重視する利己的な「栄達」志向が強いことと、女性で同じく「対人能力・行動様式」を「強み」と感じている者において、定職に就かなくてもよく現在の「やりたいこと」を重視するいわゆる「フリーター」志向が強いことである。それに対して、男女とも「スキル・資格」を「強み」とみなしている者では、専門知識を磨き他者の役に立ちたいという「専門・貢献」志向や、これまでの進路選択は順調であり将来も明るいという「順調」意識が相対的に強い。

図1:性別・「強み」別 仕事意識(主成分スコア)
図1:性別・「強み」別 仕事意識(主成分スコア)

これらの結果を見る限り、「スキル・資格」を自分の「強み」と感じている者のほうが、「対人能力・行動様式」を「強み」としている者よりも、堅実な仕事人生を送っているように見えてくる。それは特に女性に関していえることである。

1990年代半ば以降、日本社会では、「コミュニケーション能力」や「人間力」「生きる力」「社会人基礎力」「性格スキル」といった、「対人能力・行動様式」とほぼ重なる柔軟で汎用的な「力」の重要性がかまびすしく強調されてきた。しかし、その陰で、仕事の世界で実際に着実な有効性を発揮してきたのは、より具体的な輪郭を持つ「スキル・資格」のほうだったのではないか。特に女性は、そうした「スキル・資格」を手掛かりにして、いまだに女性差別の強い日本の仕事世界を何とか生き延びてきたのではないか。

少子高齢化が進む中で、女性の活躍や、ワークライフバランスを実現するための「ジョブ型正社員」が提唱されている現在、特定のジョブに関する専門的な「スキル・資格」をより多くの人々が「強み」として持つことができるよう、実効ある教育訓練が拡充されることが必要だ。