ノンテクニカルサマリー

需要ショックと雇用調整-2008-09年グローバル金融危機の下での輸出企業の従業員構成変化-

執筆者 滝澤 美帆 (東洋大学)
鶴 光太郎 (ファカルティフェロー)
細野 薫 (学習院大学)
研究プロジェクト 労働市場制度改革
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「労働市場制度改革」プロジェクト

問題意識

日本では欧州諸国などと同様、正規労働者の解雇は制度上、非正規(有期)雇用に比べてより難しく、グローバル金融危機の際日本では、正規雇用よりも非正規(有期)、特に、派遣が大幅に減少する「派遣切り」が生じた。1990年代以降、グローバル金融危機までの間、日本企業の有期雇用への需要は旺盛であり、景気後退時にも、非正規雇用の減少はほとんど見られなかった。

非正規雇用が減少したのは1993 年から1994 年の時期のみであり、1997~1999年、2000~2002 年にかけての景気後退期においても正規雇用が減少しているにもかかわらず、非正規雇用は増加を続けてきた。特に派遣労働は、雇用者に占める割合は2%程度であるが、直接雇用されている有期雇用の労働者よりも更に雇用調整が容易であり、また、2004年から製造業務への派遣が解禁されたため、派遣労働は大きく拡大した。

一方、グローバル金融危機後においては、正規労働者よりも非正規労働者による調整が大きかった。労働力調査詳細推計で労動力調査ベースの雇用者を正規雇用と非正規雇用に分けると、2000年代初頭は正規雇用の減少が目立ち、非正規雇用は増加を続けていたが、グローバル金融危機後2009年に入って非正規雇用は前年比で減少を続けた(図1)。

本研究は、金融危機といった負の需要ショックに対して、企業はどのように従業員構成を調整するのかを、特に派遣労働に注目し、明らかにすることを目的とした。この問いに答えるためには、需要ショックを識別する必要があるが、これは容易ではない。なぜなら、雇用の構成や量の変化は、供給能力の変化を通じて売り上げに影響する可能性があるからである 。そこで本研究は、2008-2009年のグローバル金融危機を、日本の輸出企業にとっての自然実験として活用した。

図1:日本の正規雇用、非正規雇用、派遣の前年同期比の推移
図1:日本の正規雇用、非正規雇用、派遣の前年同期比の推移
[ 図を拡大 ]
(データの出所)労働力調査

分析結果

本研究では、輸出企業を対象に企業レベルでの派遣比率(雇用総数に対する割合)の変化が企業のどのような特性に影響を受けたかを検証した。推計の結果は以下の通りである。輸出比率の係数はマイナスで有意であり、需要ショックが大きかった企業ほど派遣労働比率の低下が大きいことが示唆された。

次に、流動性資産比率の係数はプラスで有意であり、流動性資産比率の高い企業ほど派遣労働比率低下は小さいことが示されている。これは、流動性資産と派遣労働が流動性ショックに対するバッファーとして代替的であることを示すと考えらえる。

第3に、危機前の派遣比率上昇幅および派遣労働比率の水準ともに、その係数はマイナスで有意であり、すでに派遣労働というバッファーを積み上げている企業ほど、需要ショックに直面した後の派遣労働比率低下は大きくなっている。

第4に、不確実性の影響を見ると、売上高伸び率の標準偏差の係数はプラスで有意であり、不確実性が高い企業ほど、バッファーを保有するインセンティブが強まるため、需要ショックに直面した後の派遣労働比率低下は小さくなると考えられる。これらの結果は、派遣労働者が、需要ショックに対するバッファーとして機能していることを示唆している。(表1)

政策インプリケーション

派遣労働者をある程度需要ショックのバッファーとして活用することは企業の効率的な生産調整の視点から望ましいが、それが正規労働者の雇用調整が困難であることを理由に派遣労働者に過度の雇用調整の「しわ寄せ」が行われているとすれば問題である。「失業なき労働移動」を達成できるような正規労働者の雇用調整のあり方を検討していくことも重要な政策課題である。

また、企業におけるバッファー活用と派遣労働者の雇用安定を両立させるためには派遣元での雇用安定がポイントとなる。今国会提出予定の派遣法改正案では派遣元で無期雇用の場合は派遣先での期間制限が撤廃される見込みであり、派遣元での雇用契約の無期化を促進するという意味で、派遣労働者の雇用安定化が図られることが期待される。

表1:推計結果のまとめ
表1:推計結果のまとめ
注1)派遣比率の変化(2007年度から2009年度)以外の変数は、すべて2006年度の値。
注2)表中のヴォラティリティーは売上高成長率の2002年度から2006年度にかけての標準偏差を示す。
注3)有意水準1%、5%、10%で有意な結果を、それぞれ***、**、*で表している。