ノンテクニカルサマリー

基本的モラルと社会的成功

執筆者 西村 和雄 (ファカルティフェロー)
平田 純一 (立命館大学)
八木 匡 (同志社大学)
浦坂 純子 (同志社大学)
研究プロジェクト 日本経済社会の活力回復のための基礎的研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済社会の活力回復のための基礎的研究」プロジェクト

文部科学省が発表した「児童生徒の問題行動」調査結果(2008年)によると、2007年度は、小・中・高校生の暴力行為が前年度より18%増加し、約5万2700件になった。高校が5%、中学校が20%の増加率であったのに対し、小学校は37%と大幅に増加をしている。

日本の子ども達の価値観も変化し続けており、日本青少年研究所が1999年に実施した、子どもの倫理観に関する意識調査結果からも問題が明らかになっている。たとえば、「『先生に反抗すること』は本人の自由でよい」と回答している比率は、日本79.0%、米国15.8%、中国18.8%となっており、「『親に反抗すること』は本人の自由でよい」と回答している比率は、日本84.7%、米国16.1%、中国14.7%となっている。「教師に対して『尊敬できる』」と回答している比率は、日本11.5%、米国32.0%、中国68.4%となっている。

企業活動の基本が信用であることから、高いモラルを持った労働者の存在は、企業の競争力を決定する重要な要素であることは十分に予想される。モラルは労働市場において相対的に高い市場価値を持ち、モラルの低下は生産の効率性を低め、経済の発展に負の影響を与えると考えられる。

これらの問題を扱った既存研究としては、Heckman and Rubinstein(2001)、Heckman, Stixrud, and Urzua(2006)があり、読み・書き・そろばんといった認知能力だけでなく、コミュニケーション能力といった非認知能力が所得にどのような影響があるかを実証的に分析している。ヘックマンによれば、非認知的な能力はIQに比べて、はるかに順応性が高いことが示されている。また、雇用者が最も評価する特性として、粘り強さ、信頼性、首尾一貫性を挙げているが、これらは学習にとって最も重要なものでもある。

本稿では幼児期になされた躾が、その個人の成人後の労働所得に与える影響を調べることにより、幼児教育が労働市場における評価にどのような影響を与えているかを検証する。

調査は、Goo Research(NTTコム オンライン・マーケティング・ソリューション株式会社)を通じて、2012年2月20日から2月24日にかけてインターネット調査によって実施している。調査では、「子どものころに周りの大人からよく言われたことで、今でも覚えていることをお答えください(複数回答)」という質問を用意し、選択肢として「あいさつをする」「他人に親切にする」といった項目を挙げて、該当するものを複数回答方式で回答する方法を取っている。解釈としては、各項目に対して覚えているか否かの回答をしていることと同じといえる。

図1-1:躾の有無別平均所得
図1-1:躾の有無別平均所得
図1-2:躾の有無別平均所得
図1-2:躾の有無別平均所得

本研究では、躾の有無別に有業者の平均所得を比較し、躾が労働市場の評価にどのような影響を与えているかを調べた。図1-1および図1-2で示されているように、労働市場の評価に大きな影響を与える躾は、「うそをついてはいけない」「他人に親切にする」「ルールを守る」「大きな声を出す」「勉強をする」である。ただし、「大きな声を出す」という躾を受けた者は全体の1割以下であり、重要な躾とは判断できない。そこで、「うそをついてはいけない」「他人に親切にする」「ルールを守る」「勉強をする」を「4つの基本的なモラル」と定義する。

図2:4つの躾(うそをついてはいけない、他人に親切にする、ルールを守る、勉強をする)を全て受けた者と、少なくとも1つは受けていない者の平均所得比較
図2:4つの躾(うそをついてはいけない、他人に親切にする、ルールを守る、勉強をする)を全て受けた者と、少なくとも1つは受けていない者の平均所得比較
図3:4つの躾(うそをついてはいけない、他人に親切にする、ルールを守る、勉強をする)を全て受けた者と、1つも受けていない者の平均所得比較
図3:4つの躾(うそをついてはいけない、他人に親切にする、ルールを守る、勉強をする)を全て受けた者と、1つも受けていない者の平均所得比較

図2では、4つの基本的なモラルの躾を全て受けた者と1つでも欠けた者との間で所得比較を行っており、基本的なモラルの躾を全て受けた者はそうでないない者よりも約64万円多く所得を得ていることが示されている。さらに図3では、4つの基本的なモラルの躾を全て受けた者と全て受けていない者との間で所得比較を行っており、基本的なモラルの躾を全て受けた者はそうでない者よりも約86万円多く所得を得ていることが示されている。

年齢階層に分けて分析しても、この傾向には変わりがなく、どの年齢階層においても、4つの躾をすべて受けたものが高い所得を得ている。

さらに、本研究では、躾の倫理観および価値判断に与える影響を分析し、4つの躾を受けた者は社会性の高い価値判断をする傾向にあることが示された。