ノンテクニカルサマリー

投資協定が多国籍企業の活動及びホスト国の経済厚生に与える影響についての経済分析

執筆者 服部 哲也 (拓殖大学)
研究プロジェクト 国際投資法の現代的課題
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「国際投資法の現代的課題」プロジェクト

1.問題意識

21世紀になり、海外直接投資を通じたグローバルな企業活動が活発になっている。海外直接投資の増加は、多国籍企業の企業収益のみならず、投資国(ホーム国)および投資受入国(ホスト国)の経済厚生に大きな影響を与える。特に、ホスト国となる新興国・途上国にとって、海外直接投資が自国の経済厚生に与える影響は甚大である。また、多国籍企業にとっては、現地子会社とホスト国政府間の契約に対するホスト国の義務違反などが、海外直接投資を通じたグローバルな企業活動を行う上での大きな障害となってきた。

それに対して、多角的な貿易自由化の枠組みには、国際的な投資に関するルールが不在であり、その間隙を埋める形で、二国間の投資協定が急激に増加している。ただし、二国間の投資協定については、投資協定を締結する国により、投資協定のルールやコミットメントの水準が異なっている。そのため、経済学的にも、投資協定の役割や望ましい投資協定のコミットメントの水準を明らかにすることが求められている。

そこで、本論では、海外直接投資に影響を与えると考えられる要因の他、市場構造の相違によって、多国籍企業の行動がどう異なるのかを理論的に明らかにした上で、投資協定締結により、多国籍企業のインセンティブやホスト国の経済厚生がどう変化するのか、さらには、ホスト国にとっての最適な投資協定のコミットメントの水準はどうなるのかということについて論考を行う。

2.分析の概要

海外直接投資と企業設立の固定費用が一定の範囲にあるときに、投資協定を締結することによって、今まで輸出を選択していた多国籍企業が海外直接投資を選択することを促し、海外直接投資に伴う多国籍企業の利潤を引き上げるのみならず、ホスト国の経済厚生を高めることが可能となる。

また、多国籍企業間で競争が生じるときには、投資協定を締結することによって、多国籍企業の海外直接投資を促すことによって、ホスト国はより高い経済厚生を実現することができる。しかしながら、その場合、多国籍企業が海外直接投資を選択する領域は狭くなるので、ホスト国が将来を重視するならば、ホスト国は投資協定のコミットメントの水準を高くしなければならない。

一方で、ホスト国に輸入競合企業が存在する場合、ホスト国が投資協定を締結し、多国籍企業が海外直接投資を行うようになると、逆に、自国の経済厚生は低下するので、投資協定締結は望ましくないことになる。しかし、ホスト国に輸入競合企業が存在する場合でも、多国籍企業の海外直接投資に伴って、ホスト国の輸入競合企業に技術のスピルオーバーが生じるときは、ホスト国が投資協定を締結し、輸出を行っていた多国籍企業が海外直接投資を選択するように促すことによって、その経済厚生を高めることができる。ただし、その場合でも、ホスト国にとっての最適な投資協定のコミットメントの水準は、多国籍企業間で競争が生じる場合以上に、より高い水準でなければならない。

3.政策的含意

以上の分析結果を踏まえた政策的な含意は次のようになる。

第1に、日本のような先進国が、新興国・途上国との間で投資協定を締結するためには、交渉時に、投資協定締結により、ホスト国たる新興国・途上国自身の経済厚生を高めることができることを示し、ホスト国の理解を得る必要がある。特に、投資協定を締結しようとするホスト国に輸入競合企業が存在しても、海外直接投資により技術のスピルオーバーが生じるとき、投資協定を締結し、海外直接投資を促すことによって、ホスト国の経済厚生を一層高めることが可能となり、そのためにも、投資協定のコミットメントの水準を高めなければならないということを積極的に示し、ホスト国の理解を得ることが求められる。

第2に、本論の分析では、ホスト国の市場構造により、投資協定がホスト国の経済厚生に与える影響や最適な投資協定のコミットメントの水準は異なるので、ホスト国の市場構造へ働きかける政策と併せて、投資協定を締結することが重要である。たとえば、ホスト国に輸入競合企業が存在する場合、ホーム国がホスト国に技術支援を行って、技術のスピルオーバーが生じる市場環境を整備する一方で、投資協定のコミットメント水準を高めるためにISDS規定を組み入れるなど、ホスト国の市場構造の整備支援政策とともに、投資協定締結を進めることによって、両国の経済厚生を高めることが可能となる。

第3に、多国籍企業間で競争が行われる場合や海外直接投資により技術のスピルオーバーが生じるとき、投資協定のコミットメントの水準が高められ、海外直接投資を促すことが可能になるのは、割引率が一定の大きさ以下のときである。したがって、投資協定締結交渉を行う両国間の政治的安定性、あるいは、交渉の頻度を高め、長期的な継続関係を構築することを通じて、投資協定の交渉当事国が将来を重視する視点を持つことが大切であり、それによって、投資協定のコミットメントの水準は高められ、海外直接投資が促されて、両国の経済厚生が向上することになる。