ノンテクニカルサマリー

中国のイノベーション政策の効果推計-企業データを用いた分析

執筆者 伊藤 亜聖 (東京大学)
李 卓然 (東京大学)
王 敏 (電子科技大学)
研究プロジェクト グローバルな市場環境と産業成長に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「グローバルな市場環境と産業成長に関する研究」プロジェクト

各国で企業のイノベーションを推進すべく、研究開発費の税制控除を代表とする政策的措置が実施されている。本稿で注目する中国は、近年、科学技術関連支出額を毎年10%以上拡大させており、この増加スピードはOECDによれば「例外的なスピード」と見なされている。図1に示されるように、中国の研究開発支出総額は急増しており、2009年に日本を超える規模となっている。

中国政府は2006年に「国家中長期科学技術発展計画 (2006-2020年)」を策定し、2020年までに研究開発支出の対GDP比率を2.5%以上に引き上げること、そして中国企業自らによる自主的なイノベーションを推進することを目指している。この計画の中で注目に値するのは、「多層的かつ多ルート」な政策・財政投入を行うことで、これらの目標を実現しようとしていることである。

本論文では傾向スコアマッチング法を用いた企業レベルデータの分析を通じて、これまで分析が行われることが少なかった各種政策カテゴリーと各政府レベルのイノベーション政策が企業の知的財産権出願数、新製品数、工程改善数に与える効果(処置効果、treatment effect)を推計し、それにより上記の「多層的かつ多ルート」な政策体系を評価することを目指した。

図1:主要国のR&D支出額推移
図1:主要国のR&D支出額推移
注:2005年価格・購買力平価換算のデータ。
出所:OECD iLibrary(http://www.oecd-ilibrary.org/)より(2014年3月20日閲覧)

分析は、(1)政策全体の効果推計、(2)政策を中央政府、省政府、市政府に分けた政策レベル別の推計、そして(3)政策カテゴリー別の推計に分けて実施された。分析の結果、第1に、政策全体としては、企業の知的財産権出願数、新製品数、工程改善数を増加させる効果が観察され、たとえば知的財産権出願では政策を享受した企業は、平均的にみて約2件多く出願していることが判明した。第2に、政策レベルとしては、むしろローカルな政府によって実施されている政策の方がより強い効果を持つことが示された。そして第3に政策カテゴリーとしては、税制優遇や金融優遇ではなく、企業のイノベーション活動自体を直接サポートするような政策が有効であることが示された。

これらの結果から、中国政府が2006年以来実施してきた科学技術・イノベーション政策は全体として企業のイノベーション活動を促進しつつあることと、同時に、「多層的かつ多ルート」な政策体系はそのすべてが効率的に機能している、とは言えないことが示唆された。ただしこれらの結果は、政策ごとの目的の違い(たとえば、中央レベルの政策はより長期的なイノベーション活動の促進を目指しているかもしれない)や、地域的な特性によって生じている可能性を否定できず、更なる分析が必要である。そのうえで、企業レベルデータを用いて各種政策の具体的な効果を分析し、それを政策立案と評価につなげていくことは重要な課題であろう。関連研究によれば、具体的な政策の評価作業は先進国においてもいまだ道半ばであるとされ、今後こうした分析が新興国のみならず、日本においても実施されていくことで、政策介入の精度の向上につながっていくと考えられる。