ノンテクニカルサマリー

自然災害と企業の存続・退出

執筆者 小野 有人 (みずほ総合研究所)
宮川 大介 (日本大学)
細野 薫 (学習院大学)
内田 浩史 (神戸大学)
内野 泰助 (リサーチアソシエイト)
植杉 威一郎 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

分析の概要

企業の存続・退出は、企業行動ダイナミクスの重要な一側面である。企業の存続・退出と経済全体の生産性との関係がどうなっているのか、効率的な企業が存続し非効率な企業が退出を迫られるという自然な淘汰(natural selection)が実現しているのか、という点については、理論面・実証面での研究が進んできた。特に日本では、1990年代初頭のバブル崩壊後、不良債権問題処理の先延ばしのために、金融機関による業績不振企業への延命措置が講じられたことを主因として、非効率な企業が存続して新規の企業参入が妨げられる不自然な淘汰(unnatural selection)が起こり、経済全体が停滞に陥ったとの議論が多くなされた。

本稿では、自然災害(natural disaster)と企業の存続・退出の関係に注目する。具体的には、東日本大震災後における企業存続・退出の決定要因を分析する。経済センサスによると、2009年から2012年にかけての事業所数の減少割合が最も大きかったのは宮城、福島、岩手の3県であり、大震災は企業活動に大きな影響を及ぼしている。震災からの復興の進捗状況を正確に把握するためにも、これらの被災地域で、震災前に質の低かった企業が退出する「自然な淘汰」がみられたのか、それとも、質の高い企業が退出を余儀なくされ「不自然な淘汰」が起きていたのか、を検証することには大きな意味がある。企業の退出の形態には大別して、民事再生法や破産などの法的手続きや銀行取引停止処分などによって債務不履行を伴う「倒産」と、企業が自主的に事業を終了する「廃業・休業・解散」がある。今回は、データの信頼性・入手可能性から、倒産に絞った分析を行っている。

本論文では、民間信用調査会社(株式会社帝国データバンク)のデータベースに基づき、東北地方に所在する企業約8万4000社に注目する。これら企業を、激甚災害法適用市区町村に所在する企業とそれ以外の企業に区分し、両者の間で、震災前における企業の効率性と震災後から2012年11月までの企業の存続・倒産との関係がどのように異なるかを分析する。被災地以外の東北地方に所在する企業は、地域的な特性が被災地企業に似ているが、震災の直接的な影響を受けていない。これらの企業における存続・退出の決定要因をベンチマークとし、被災地における存続・退出の決定要因と比較することで、今回の大震災が企業の存続・退出に及ぼした影響を明らかにする。

図表1:企業評点と倒産確率
図表1:企業評点と倒産確率

分析結果とその含意

本稿の主な分析結果は、以下のとおりである。まず、被災地・被災地外ともに、効率的な企業が存続し、効率的ではない企業が退出を迫られ倒産に至る、と言う結果が得られ、自然な淘汰の仕組みが働いていることが分かった。図表1には、企業経営の効率性を表す変数である企業評点と倒産確率との関係について、得られた結果を被災地内外で示している。横軸にある企業評点は、民間信用調査会社が財務情報を含む独自の調査に基づき、経営者能力、成長性、安定性など複数の観点から企業に付与する点数(0~100点)であり、点数が大きいほど効率的な経営を行っている企業とみなすことができるもので、図では平均から上下2標準偏差の範囲内を示している。縦軸は、企業の倒産確率を示す。この図からは、被災地企業・被災地外企業ともに、企業評点と倒産確率との関係は右下がりであること、すなわち、非効率な企業ほど倒産確率が高く、効率的な企業ほど低いことが分かる。また、被災地内外でこの関係に大きな違いはないことが分かる。

一方で、被災地では被災地外に比して倒産確率が低いという結果も得られている。図表1において実線が点線よりも下に描かれていることからも分かるように、被災地企業の倒産確率は被災地外企業のそれに比して、0.02~0.1パーセンテージポイント低い。倒産という形態に限れば、被災地では倒産確率が一様に低くなるという点で、退出が少ないことが分かる。本稿では1995年1月の阪神・淡路大震災についても同様のデータセットを作成して同様の検証を行ったが、やはり被災地内外ともに効率性の高い企業の存続可能性が高まっていた一方で、被災地企業の倒産確率は全体的に被災地外企業よりも低いことが分かっており、東日本大震災の結果と整合的である。

なお、約8万4000社の分析対象企業のうち5%強にあたる4600社は東日本大震災の津波浸水地域に所在している。津波浸水地域においては、浸水の影響を受けていない他の被災地とは異なり、建物や設備がすべて流出して廃業・休業・解散状態に陥った場合が多いと考えられる。実際、これら津波浸水地域では、震災後財務などに関する情報が更新されていない企業が他地域に比して多く、廃業・休業・解散といった形での企業の退出が多いことが示唆される。このように、被害が甚大だった地域における廃業・休業・解散企業数が多いために、被災地企業における倒産確率と効率性の関係が影響を受ける可能性があることを踏まえ、倒産確率と効率性との関係をより正確に把握するために、本稿では追加分析として、津波浸水地域に立地する企業を除いた推計を行った。しかし、得られた結果は除かない場合と定性的にも定量的にもほとんど変わらなかった。すなわち、効率的な企業が存続し、効率的ではない企業が倒産に至る自然な淘汰が、被災地内外で維持されている一方で、被災地企業の倒産確率が被災地外企業に比して低くなっていた。

これらの結果を踏まえると、倒産に関しては、震災後も自然な淘汰が依然として見られるとともに、被災によって倒産が増加したとはいえないことがわかる。被害を受けた企業の倒産が増加していないという結果は、被災地における不渡手形の銀行取引停止処分措置の猶予、信用保証協会や政府系金融機関を通じた資金供給、グループ補助金などの財政的支援など、被災企業に対して取られたさまざまな対策が機能し、倒産確率を低下させる効果を持った可能性があることを示唆している。被災地の復興に向けたより詳しい政策的含意を得るために、今後は今回の分析の対象外であった倒産以外の退出決定要因、被災地における新規開業企業の動向などの分析を行う必要があろう。