ノンテクニカルサマリー

信用保証制度における逆選択・モラルハザードの検証

執筆者 斉藤 都美 (明治学院大学)
鶴田 大輔 (日本大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

中小企業向け融資市場において、借り手と貸し手の情報の非対称性の問題が深刻であることから、信用割当の問題が生じることが多くの論文で主張されている。この問題を解消するために、金融機関の中小企業向け融資を公的に保証し、資金供給を増やすことを目的とした制度が信用保証制度である。信用保証制度は、信用割当の問題を解消する手段として多くの国で採用されている。信用保証制度に関する研究は数多く存在するものの、その多くは中小企業の資金アベイラビリティの上昇やパフォーマンスの向上といった、制度のベネフィットに注目したものである。本論文は先行研究であまり注目されてこなかった信用保証制度の情報の非対称性のコストに焦点を当て、分析を行った。

一般的に中小企業と長期取引関係を有する金融機関は信用保証協会よりも多くの借り手の信用情報を有すると考えられる。また、日本では一般保証制度などにおいて保証割合が80%であるものの、2008年より開始した緊急保証制度に代表される一部の保証制度においては保証割合が100%となっている。これらの保証割合は諸外国と比べて最も高く、金融機関がリスクの高い中小企業に保証付きで融資するインセンティブを生み出す要因になっている。本論文はこの問題点に着目し、中小企業向け信用保証制度における金融機関による逆選択・モラルハザードを計量的に検証した。金融機関と信用保証協会に中小企業のデフォルトリスクに関して情報の非対称性がある場合、金融機関はリスクの高い中小企業に保証付き融資を行う(逆選択)、もしくは保証付きで融資した中小企業が事後的に代位弁済に陥りやすい(モラルハザード)という2つの問題が発生する可能性がある。

本論文はChiappori and Salanie (2000, JPE)により提案されたPositive correlation testを応用して、金融機関による逆選択・モラルハザードを検証した。金融機関がリスクの高い中小企業に保証付き融資を行う(逆選択)、もしくは保証付きで融資した中小企業が事後的に代位弁済に陥りやすい(モラルハザード)という問題が発生しているのならば、保証付き融資の大きさとデフォルトリスクの間には正の相関が観察されるはずである。本論文はさまざまな観察可能な変数をコントロールした上で、金融機関の保証利用率(保証付き融資の大きさ)と代位弁済率(デフォルトリスク)の間に正の相関が観察されるかどうかを統計的に検証することで、逆選択・モラルハザードの検証を行った。

本論文で用いるデータは金融機関別のデータであり、都市銀行、地方銀行、信用金庫のデータを対象としている。信用保証利用率を保証債務残高/中小企業向け貸出残高、代位弁済率を代位弁済額/保証債務残高とする。分析では中小企業庁のホームページに公開されている2011年度の「金融機関別の代位弁済の状況」、金融庁・全国銀行協会のホームページおよび金融図書コンサルタント社発行『全国信用金庫財務諸表』に掲載されている2010年度の金融機関別の財務データ、金融円滑化法により各金融機関が公開している「貸付条件変更の申込みを受けた債権の額」のデータを利用し、金融機関の規模、自己資本比率、不良債権比率、ROA、返済猶予率の影響を除去している。サンプル数はデータがすべて利用できる371金融機関である。

分析の結果は表1のとおりである。列(1)はすべての保証を対象として分析した結果である。全金融機関を対象としたケース(行(1))、都銀・地銀のみを対象としたケース(行(2))、信金のみを対象としたケース(行(3))のすべてにおいて、逆選択 ・モラルハザードが支持される結果となっている。

部分保証の効果を推定するために、列(2)および(3)にはそれぞれ100%、80%保証の代位弁済に限定して推定を行った。分析の結果、100%保証においては、全金融機関、都銀・地銀、信金のすべてのケースにおいて、明らかな相関がみられる(列(2))。一方、80%保証に限定すると、都銀・信金のケースにおいては、相関がみられるものの、全金融機関を対象としたケースでは、相関はみられない(列(3))。80%保証のケースでは、逆選択・モラルハザードは一部で支持されるものの、相関が弱くなっている。つまり、20%の自己負担は逆選択・モラルハザードを軽減する効果はあるものの、情報の問題を解消していないと解釈できる。

最近、政府では保証割合を80%からさらに引き下げる案が検討されている(注1)。本論文の分析結果は、あくまでも金融機関の逆選択・モラルハザードの防止という観点から、保証割合をさらに引き下げる方向性を支持している。しかし、本論文は金融機関のデータのみを利用しており、観察可能な変数を十分にコントロールできていない。保証割合についての議論を客観的かつ精緻な分析に基づいて行う観点から、今後より詳細な企業レベルもしくは融資契約レベルのデータを使って、逆選択 ・モラルハザードを検定する必要があるだろう。また、信用保証制度が社会全体の厚生に与える影響や社会的に最適な保証割合については検討していないため、この点は今後の課題である。

表1:Breusch-Pagan chi-squared test statisticsによる相関の有無の検証
(1) (2) (3)
全保証 100%保証 80%保証
(1) 全金融機関 ×
(2) 都市銀行・地方銀行
(3) 信用金庫
注:◎は1%、○は5%、●は10%の水準で統計的に相関が有意にゼロと異なることを表す。×は統計的に相関が有意にゼロと異ならないことを表す。

脚注

  1. ^ 日本経済新聞2014年6月2日朝刊5面「政府、保証縮小を議論へ」を参照。