ノンテクニカルサマリー

確率分布としての代表的個人

執筆者 猪瀬 淳也 (東京大学)
研究プロジェクト 日本経済の課題と経済政策Part3-経済主体間の非対称性-
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「日本経済の課題と経済政策Part3-経済主体間の非対称性-」プロジェクト

マクロ経済学において家計や企業の行動を描写する上では、しばしば"代表的個人"のような仮定が採用される。ここでいう代表的個人とは、市場経済の競争均衡が、資源制約のもとであたかも1人の代表的な個人(家計)の期待効用を最大にする資源配分で達成されることをいう仮定であり、本仮定は市場の完全性さえ担保されれば厳密に成り立つものとして知られている。他方、市場の完全性を仮定しない状況において本仮定が成立する条件については十分な議論がなされていないため、代表的個人を検討することの妥当性については現在でも議論がなされている。

本論文では、市場の完全性を仮定しないとした場合に、個々の個人が何らかの分布や確率過程に従うと仮定して、これらの分布や確率過程が満たすべき条件の観点から代表的個人を仮定する妥当性について検討を行った。具体的には、家計全体を収入規模、居住地域、世帯主の年代、家族構成などの特徴から分類し、各々の分類について個別に代表的個人を想定した。これは、たとえば「郊外に住む世帯年収700万円の4人家族」に対して典型的な支出構造を想定し、実際の家計がここで想定された典型的な支出構造に類似する形で分布している、という仮定を置いていることに等しい。

この仮定に、さらに確率過程へエルゴード性(注1)などの仮定を加えることで、特定の確率過程について市場の完全性を想定せずに代表的個人を想定するための条件を定式化することができる。結論として、上述した個々の代表的個人すべてが類似する確率過程に従い(注2)、且つその確率過程が安定性を持つ場合に代表的個人の仮定が妥当となる。本論文は、その締めくくりとして上述した条件を計量的に検証するための基礎的な理論の提供も行っている。

上述した新しい形での代表的個人の検討法は、国全体として1つの代表的個人を想定してよいか否かをミクロ経済学的基礎づけのもとで検討するための1つのツールともなりうるが、それに加えて各々の代表的個人の効用を知ることができるという副次的なメリットも挙げることができる。将来的に個々の代表的個人の効用関数を明らかにすることが可能となるのであれば、たとえば課税などによる可処分所得の変更や、少子化による都市化の進展などによって個々の代表的個人に割り当てられる個人数が変更した場合、マクロとしての効用がどのように変更されるかを算出することも可能となる。

脚注

  1. ^ エルゴード性とは時間平均と空間平均が等しくなることを示す。
  2. ^ たとえばすべてがGauss過程に従うなど。確率過程の変数は変わり得るが、まったく異なる確率過程とならないということ。