ノンテクニカルサマリー

生産ネットワークにおける地理と企業パフォーマンス

執筆者 Andrew B. BERNARD (Tuck School of Business at Dartmouth, CEPR & NBER)/Andreas MOXNES (Dartmouth College, CEPR & NBER)/齊藤 有希子 (上席研究員)
研究プロジェクト 組織間、発明者間の地理的近接性とネットワーク
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「組織間、発明者間の地理的近接性とネットワーク」プロジェクト

企業は、地理的にも広がる複雑な仕入販売ネットワークのうえで、生産活動を行っており、個々の企業のパフォーマンスは企業間の取引関係に依存している。経済活動における「つながり力」が経済財政改革の基本方針(骨太の方針2008)において指摘されたように、自立した経済主体同士の連携が新たな付加価値を生むという認識に基づき、企業間の取引関係に競争力の源泉があると考えられている。しかしながら、地理的な要因を考慮した取引関係と競争力の関係に関する網羅的分析は非常に少ない。本稿は、仕入先のネットワークやネットワークの地理的広がりが企業のパフォーマンスにどのような影響を与えるのかを分析した。用いるデータは、東京商工リサーチ(TSR)の保有する大規模な企業間の取引データ(2006年)である。

回帰分析では、企業のパフォーマンスの指標(被説明変数)として、売上高、従業員1人当たり売上高、信用スコア(TSR算出)を用いる。説明変数である仕入先企業のパフォーマンスの指標としては、複数のパフォーマンス指標(売上高、従業員1人当たり売上高、信用スコア)を因子分解した主成分を用いる。他の説明変数は、仕入先の数、仕入先までの距離、仕入先の販売先数、仕入先の仕入先数である。複数の仕入先がある場合、仕入先の変数は平均値とする。

分析の結果、下表のように、どのパフォーマンス指標においても、(1)仕入先の数が多いほど、(2)仕入先のパフォーマンスが良いほど、(3)仕入先までの距離が短いほど、統計的に有意に、企業のパフォーマンスが良くなる傾向があることが確認された。さらに、仕入先の取引関係に着目すると、(4)仕入先の販売先数が少ないほど、(5)仕入先の仕入先数が多いほど、パフォーマンスが良くなることが有意に確認された。

現段階の分析結果だけからは、因果関係の議論を行えないが、仕入先のパフォーマンスとの関係(2)は取引関係を通じたパフォーマンスの波及の可能性を示唆している。また、仕入先の販売先数や仕入先数(4)(5)など、間接的な取引関係とも関係があることは、取引を通じたパフォーマンスの波及が直接的な取引先だけでなく、取引先の取引先にまで及ぶ可能性を示唆している。

さらに、仕入先までの距離との関係(3)からは、取引先との地理的な近接性を高める政策(クラスター政策などの誘致政策)や移動時間を短縮させるインフラ整備は、企業のパフォーマンスを高める可能性があることを示唆している。

今後の分析課題は、時系列データを用いて、因果関係を明らかにすることである。取引の地理的性質と企業のパフォーマンスとの関係から、企業の誘致政策や新幹線など大規模なインフラ整備の効果などを測定することが可能となる。

表:仕入ネットワークと企業のパフォーマンスの関係
売上高一人当たりの売上高信用スコア
(1)仕入先の数
(2)仕入先のパフォーマンス
(3)仕入先までの距離
(4)仕入先の販売先数
(5)仕入先の仕入先数
すべての変数は1%有意水準で有意である。

最後に、本稿のもう1つの視点として、海外との取引の視点がある。国際貿易の研究分野では、生産性の高い企業のみが貿易をすることが可能であり、そのような企業を通じて、海外との取引が国内企業に波及することが指摘されている。本稿で用いたデータからは、海外と取引をする企業は国内取引におけるハブ企業であることが観測されており、国内の多くの企業に、海外取引からの波及の可能性があると考えられる。国際的な取引の一部として国内取引を再考することが求められている。

また、企業間の取引構造、取引の地理的性質を確認したところ、国内取引の取引構造、地理的性質には、国際貿易の研究で確認されている性質と多くの共通点があることが確認された。第1に、ハブ企業同士は直接取引でつながりにくく、ハブ企業と多くの小さな企業が取引している。第2に、少数のハブ企業のみが遠くの企業と取引できる。第3に、国際貿易の重力モデルと同様に、地域間の取引数には距離依存性がある。国内取引のデータは、国際貿易のデータよりも詳細な情報を含んでおり、国内取引の距離依存性を詳細に分析することが可能である。取引の距離依存性の解明は、国際貿易の性質を理解する上でも、有効であると考えられ、今後の研究課題である。