ノンテクニカルサマリー

イノベーションと公的研究機関:AIST、RIKEN、JAXAのケース

執筆者 鈴木 潤 (政策研究大学院大学)
塚田 尚稔 (リサーチアソシエイト)
後藤 晃 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 公的研究機関のナショナル・イノベーションシステムにおける役割
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

技術とイノベーションプログラム (第三期:2011~2015年度)
「公的研究機関のナショナル・イノベーションシステムにおける役割」プロジェクト

公的研究機関はナショナル・イノベーション・システムにおける重要な主体であるが、企業、大学などと比較すると、その役割や研究のパフォーマンスなどについての検証が十分に行われてきたとは必ずしもいえない。本研究では、産業技術総合研究所 (AIST)、理化学研究所 (RIKEN)、宇宙航空研究開発機構 (JAXA) の3つの公的研究機関に注目し、大学や民間企業と比較しつつ、それらの機関が開発に係った特許の件数や、民間企業との共同研究の頻度、共同研究と特許指標との相関などについて、その実態の把握を行った。

これらの機関を出願人に含む、または各機関の発明者を含む特許出願を特許データベースから検索した結果、1971~2010年の間に、AIST: 約3万4000件、RIKEN: 約4500件、JAXA: 約1900件が抽出された。同様に検索した大学: 約6万件と、民間企業: ランダムサンプリングで選択した9.5万件をサンプルとした。1980年代後半と2000年代前半にピークがあることは三機関に共通している。大学の特許出願の動向は大きく異なり、1997~2005年にかけて急増している。これはTLO法の施行が強く影響していると考えられる。

他組織との共同研究にはコーディネーションの難しさがある一方で、研究に投入される資源が増え、各組織が保有する異なる知識が融合される効果がある。民間企業だけでは実行することが難しい研究開発をサポートすることは、公的研究機関の重要な役割の1つである。以下では、民間企業を含まない研究の成果をSole patent、民間企業を含む複数組織による共同研究の成果をJoint patentとする。Joint patentの比率は80年代半ばから2000年代において、AISTは20~40%、RIKENは20~50%、JAXAは30~80%、大学は40~70%程度の間で推移している。民間企業同士のJoint patentの比率は8%程度であることと比較すると、三機関・大学のJoint patent比率は高いといえよう。

1992~2005年に出願された特許について、発明者前方引用回数、審査官前方引用回数、特許ファミリー・サイズ、ジェネラリティの4つの指標を作成した。前方引用回数(後発の特許から引用された回数)は、特許の価値指標としてよく利用されている。発明者による引用と審査官による引用があり、本稿では別々にカウントした。ファミリー・サイズは、その発明が何カ国の特許庁に出願されたかをカウントしたもので、その発明に高い商業的価値が見込まれているほど、多数の国の特許庁に出願されファミリー・サイズは大きくなる傾向がある。ジェネラリティは、より多くの技術分野の特許から引用されるほど高い値をとる知識波及の範囲の広さを表す指標である。

図1に、これらのパフォーマンス指標について、組織ごとにSole patentとJoint patentに分けて平均値を示している。組織ごとに研究の技術分野構成が異なり、また、これらの指標の技術分野ごとの平均も異なることには注意が必要であるが、民間企業の特許と比べると、AIST、大学の特許の発明者前方引用やジェネラリティが高いこと、RIKENの特許のファミリー・サイズが大きいことなどが傾向として表れている。

図1:公的研究機関、大学、企業の平均特許指標(出願年: 1992-2005)
図1:公的研究機関、大学、企業の平均特許指標(出願年: 1992-2005)

回帰分析では、民間企業同士の共同研究と比較した場合の、公的研究機関と民間企業の共同研究がこれらの特許指標に与える効果の違いについて主に注目して、公的研究機関の独立行政法人化が進んだ2001年以降とそれ以前の差、技術分野の違いなどを考慮にいれた上で推計を行った。2000年まででは、民間企業同士のJoint patentと比較して、AISTまたは大学のJoint patentは、発明者前方引用、審査官前方引用、ジェネラリティが有意に高く、また、RIKENのJoint patentはファミリー・サイズが有意に大きい傾向にある。2001年以降は、民間企業同士のJoint patentと比較して、大学のJoint patentのパフォーマンスが低下していることが特徴的であった。

大学に限らず、特許の出願件数は研究業績の評価項目の1つとしてよく挙げられる。TLO法施行後の大学の特許出願の急増と今回の特許指標で測った意味での質の低下は、制度変更の影響とともに件数ベースの評価がもたらした影響である可能性もある。公的研究機関のJoint patentの特許指標が高いことは、公的研究機関が産業界のサポートにおいて一定の存在意義を持っていることと、同時に、産業界のニーズを汲みとった研究テーマに取り組むことの重要性も示唆している。また、RIKENなどのように研究所や人員を大きく増加させている組織もあり、研究費などのインプットの変化を考慮した研究の生産性に関する分析も必須であるが、今回の研究ではデータ入手が不十分であったため生産性の分析を行っていない。研究生産性の分析以外にも、民間企業からの技術相談、公的研究機関の研究成果のライセンスや商業化、論文、基礎研究と応用・開発研究のバランスなど、さらに多面的な評価が求められる。