ノンテクニカルサマリー

内生的相互依存関係が日本の大企業の取引ネットワークの形成に及ぼす効果

執筆者 Petr MATOUS (東京大学)
戸堂 康之 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業ネットワーク形成の要因と影響に関する実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業ネットワーク形成の要因と影響に関する実証分析」プロジェクト

東日本大震災は、サプライチェーンにも大きな影響を与えた。ただし、震災直後には、サプライチェーンは震災からの復旧に悪影響を与えたとの論調が聞かれたが、これは誤りで、筆者らの以前のディスカッション・ペーパーなどによって、多様なサプライチェーンを有する企業がより早く復旧したことが実証されている(Todo, Nakajima, and Matous, 2014; 戸堂,中島,Matous,2013)。とは言え、サプライチェーンの寸断によって、企業がサプライチェーンのあり方を見直し、修正したのは事実である。本研究は、このような状況下において、企業がどのように既存の相手との取引を解消し、新しい相手との取引を開始したかを実証的に分析したものである。

この研究で利用したのは東京商工リサーチによる企業取引データであるが、これは日本全国約80万の企業の取引関係をかなりの程度補足したもので、世界的にも非常に貴重なものである。特に、RIETIが利用ライセンスを持つデータには、東京商工リサーチが2010年度および2011年度に収集したデータを含んでおり、この2年の取引ネットワークを比較することで、震災を経て、企業がどのように取引企業を維持・変更したかが明らかとなる。

なお、この研究では特に日本のトップ企業500社に絞って分析を行うが、その全ての本社の位置と取引関係を示したものが図1である。ただし、このデータにおいては、本社以外にも事業所があった場合、事業所ごとの取引は把握していない。したがって、この図では全ての取引はあたかも本社間で行われているかのように描かれているが、実際には事業所間の取引もあり、図に書かれたよりもはるかに近い距離での取引も行われているはずである。また、この500社には製造業もサービス業も含まれているが、特に取引先が多いのは電力・ガス会社である。電力・ガス会社は多くの地域におけるさまざまな企業と取引があり(図1の赤丸)、2次の取引先まで含むと膨大な数の企業とつながっている(図2)。

本研究では、まず、震災前後の取引ネットワークの変化の要因として、既存の取引ネットワーク構造(たとえば、既存の取引企業数など)を無視して、取引相手との距離や企業の属性(売上高など)のみを考慮して分析を行った。その結果、企業同士の地理的な近接性が取引ネットワークの変更に大きく影響していることが明らかになった。つまり、地理的に近い企業との取引を新しく開始し、遠方の企業との取引は止めてしまう場合が多かったのだ。藤田昌久RIETI所長らによって創成された空間経済学では、企業は空間的に集積することで、物品の輸送コストを節約し、地域の労働市場を整備し、情報や知識の伝播を活発化するといった恩恵を得ると考えられている。本研究の結果は、このような空間経済学の考え方と合致する。

次に、地理的な要因に加えて、既存の取引ネットワーク構造の性質も取引ネットワークの変化要因となりうると考えて、同様の分析を行った。その結果、地理的な要因よりもむしろ、既存のネットワーク構造が主要な要因であることが見出された。たとえば、企業が新たな顧客企業として選ぶのは、すでに自社が顧客となっている企業や、別の企業を介して間接的につながっている企業を取引先として選ぶ場合が多い。また、すでに多くの企業とつながっている企業を取引先として選ぶ傾向も見られた。

図1:日本トップ500社の取引関係図
(赤丸は電力・ガス会社)

図1:日本トップ500社の取引関係図
図2:ある電力・ガス企業の1次取引先(直接の調達先)[左図]と2次取引先(調達先の調達先)[右図]
図2:ある電力・ガス企業の1次取引先(直接の調達先)[左図]と2次取引先(調達先の調達先)[右図]

この結果は、地理的な要因が企業ネットワークの形成を通じて産業集積に寄与するとはいえ、いったん産業集積が形成されてしまえば、既存の取引ネットワークを基にして新たなネットワークが形成されることを示唆している。つまり、新規参入企業や地方の企業が、既存の取引ネットワークに入り込むことは比較的難しいといえる。したがって、これらの企業が成長するためには、彼らが取引ネットワークを拡大するための政策的な支援、たとえば展示会や商談会に対する支援が必要である可能性がある。ただし、これらの支援が社会全体にとって利益となるかどうかについては、本研究の結果からは明らかではないことには留意が必要である。

また、図2で示されるように、各地域の電力・ガス会社は(東京電力、東京ガス以外は)東京外に位置しながらも、日本のトップ500社の取引ネットワークのハブとなっている。したがって、大災害によって電力・ガス会社の生産活動に影響が出た場合、その影響は、取引ネットワークを通じて日本全体に広く拡散する可能性がある。ただし、筆者らの以前のディスカッション・ペーパー(Todo, Nakajima, and Matous, 2014; 戸堂,中島,Matous,2013)で示されたように、取引相手の代替を通じて、このような取引ネットワークを通じた負の効果はかなりの部分吸収されてしまう可能性もあることも強調しておきたい。

参考文献

  • Todo, Yasuyuki, Kentaro Nakajima, and Petr Matous, "How Do Supply Chain Networks Affect the Resilience of Firms to Natural Disasters? Evidence from the Great East Japan Earthquake," forthcoming in Journal of Regional Science, 2014.
  • 戸堂康之, 中島賢太郎, Petr Matous, 絆が災害に対して強靭な企業をつくる-東日本大震災からの教訓-, 経済産業研究所ポリシーディスカッションペーパー, No. 13-P-006, March 2013.