ノンテクニカルサマリー

「少子化」と「母親の労働参加」は矛盾する政策か

執筆者 Andrew S. GRIFFEN (東京大学)
中室 牧子 (慶應義塾大学)
乾 友彦 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト サービス産業に対する経済分析:生産性・経済厚生・政策評価
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「サービス産業に対する経済分析:生産性・経済厚生・政策評価」プロジェクト

安倍政権は、成長戦略についての詳細を示した「日本再興戦略-JAPAN is BACK」の中で、雇用制度改革・人材力の強化の柱として、少子化対策とともに、女性が労働市場で活躍できる機会を拡大することを目標として掲げている。しかし、子どもが生まれた時点で離職する母親は多く、我々が実証分析に用いた「21世紀出生児縦断調査」のデータによると、子どもが生まれる前には就業していた55%の女性が、子どもが生まれた後にも就業を継続しているのは25%まで低下しているという事実がある。さまざまな研究でも示されている通り、日本の働く母親は、保育所の整備の遅れや育児休業が取りにくい企業風土などの問題から、出産と同時に離職を余儀なくされている可能性が高い。そうなると、成長戦略の中で示されたような、少子化対策と女性の活躍―特に子育て中の母親の―を両立させることは極めて難しいということになる。

子どもの数と母親の労働供給に負の相関関係があることは、明らかであろう。しかし、因果関係があるか、ということになると慎重にならなければならない。おそらく、出産の意思決定は、女性の能力や配偶者の所得獲得能力など観察不可能な要因や条件に影響されているだろう。たとえば、女性自身の能力、あるいは、その配偶者の所得獲得能力が高いため、複数の子どもを産み育てることができるのかもしれない。従って、この因果関係を明らかにすることは政策的に非常に重要である。実際、「子どもの数が多いと母親の労働供給が減少する」のではなく「労働市場で活躍しているような有能で条件に恵まれている女性ほど、子どもの数が多い」のだとすると、少子化対策は母親の労働供給に影響しないかもしれない。

経済学はここで非常に面白い「自然実験」的な試みを提供している。すなわち、双生児を「予期しなかった外生的な出生のショック」と捉えて、その外生的な出生のショックが母親の労働供給にどのような影響を与えたのかということを実証的に明らかにした。アメリカの国勢調査のデータを用いた研究では、予期せずに双子が生まれた母親は、労働供給を減らしている。従って、アメリカでは、子どもの数は母親の労働供給に負の因果的効果を持つと考えられ、少子化対策と母親の労働参加は、矛盾する政策と考えねばならない。

それでは日本ではどうなのだろうか。我々は、日本においても子どもの数は母親の労働供給に負の因果的効果をもつかについて、厚生労働省が2001年に生まれた新生児5万3000人を対象にして行った追跡調査である「21世紀出生児縦断調査」の個票データを用いて分析を行った。先の質問に答えると、短期的に見ればイエス、長期的にみればノーである。図から明らかなとおり、出生が母親の労働供給にもたらす影響は、子どもの年齢が4歳あたりまでは負であるが、その後子どもが就学年齢に達したころからプラスに転じ始める。そして、長期的に見れば、出生は母親の労働供給にプラスの因果的効果を持つことがわかる。これまでアメリカで行われてきた先行研究では、出生が母親の労働参加にもたらす影響は、子どもが13歳程度になるまでは一貫して負であり、日本の結果とは大きく異なっている。これには日米両国における母親の効用関数―特に子どもの年齢と子育て費用に関して―の違いが影響していると考えられる。

以上の結果は、安倍政権下における少子化対策と、(子育て中の)女性の労働市場での活躍という2つの政策が決して矛盾する政策ではないということを意味している。出生が子どもの労働参加に与える影響が正に転じるタイミングで、母親が労働市場に復帰することを後押しするような政策が有効である。

図:子どもの数が母親の労働参加に与える影響
図:子どもの数が母親の労働参加に与える影響
(注)1. 縦軸は、子どもの数が母親の労働参加率に与える限界効果を示し、横軸は子どもの年齢をあらわす。
   2. 太実線が推計された限界効果をあらわし、点線は95%の信頼区間をあらわす。