ノンテクニカルサマリー

金融制約と企業の輸出行動:大規模自然災害を用いた実証分析

執筆者 宮川 大介 (ハーバード大学)
細野 薫 (学習院大学)
内野 泰助 (リサーチアソシエイト)
小野 有人 (みずほ総合研究所)
内田 浩史 (神戸大学)
植杉 威一郎 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

大規模自然災害が実体経済へもたらす直接的・間接的な影響については、現状、企業レベルのデータを用いた実証分析に基づいた正確な理解が十分に得られているとは言い難い。本稿は、こうした認識を踏まえて、大規模自然災害の経済的影響のうち、特に、取引金融機関の被災によって企業の輸出行動が受けた影響を実証的に検討したものである。自然災害のもたらす経済的影響に関する多くの既存研究が、マクロレベルや産業レベルのデータを用いているのとは対照的に、本稿では、被災地内外に所在する企業レベルのミクロデータ(取引銀行データを含む)を用いて、金融制約下における重要な企業ダイナミクスの1つを分析している点に特徴がある。

種々の金融制約の影響が企業ダイナミクスへ与える影響を分析する際には、その制約が企業にとって外生的なショックであることが必要となる。しかし、既存研究で用いられてきた、キャッシュフロー比率のような企業の財務変数や、銀行の健全性指標のような取引銀行の属性といった金融制約の代理変数は、企業ダイナミクスから影響を受ける可能性、つまり逆の因果関係が存在する可能性がある。たとえば、高い成長機会に直面することを予想した企業は、事前にキャッシュフローを蓄積し、来るべき投資機会に備えようとするかもしれない。また、メインバンクの貸出能力に影響を与えると考えられる当該メインバンク自身の財務状態は、上記のような貸出先企業の属性を反映したものである可能性もある。このほかにも、質の高い企業と質の高い銀行とが、より高い確率で取引関係を有している可能性もあり、いずれの場合においても、推計上のバイアスを生み出す可能性がある。

本稿では、こうした問題を克服し、企業に対して外生的なショックを可能な限り適切に識別する目的から、1995年に発生した阪神・淡路大震災の影響について分析する。具体的には、企業およびそのメインバンクの被災情報と、それぞれの財務変数を結合したデータセットを用いて、被災地「内」に所在するメインバンク(B-I: Bank,Inside)を有する被災地「外」企業(F-O: Firm,Outside)が、被災地「外」に所在するメインバンク(B-O)を有する被災地「外」企業(F-O)と比べて、輸出を開始する確率や輸出対象地域を拡大する確率が低く、売り上げに占める輸出比率も低下していたことを確認した。この結果は、メインバンクの貸出能力が被災によって低下したことで、震災の影響を直接受けていない顧客企業の借入制約が強まり、結果として輸出行動が抑制されたことを示唆している。

図

さらに、こうした結果は、銀行の被災状況の計測に当たって、メインバンクの本店被災に注目した場合と、同じく支店網の被災に注目した場合のいずれにおいても確認されることが分かった。また、我々の用いたデータ上では観察することが出来ない、さまざまな企業固有の効果(例:企業の事業範囲、取引関係)を考慮した場合でも、上記の結果は頑健に確認される。

推定結果から得られる銀行被災の効果を定量的に計測すると、本店被災に注目した場合には、自身は被災していない企業の輸出開始確率が銀行被災により4.5パーセントポイント低下し(1995年度)、支店網被災に注目した場合には、支店被災率がゼロの状態から平均程度まで上昇すると輸出開始確率が0.33パーセントポイント低下する(同上)、という結果となった。これは、本店被災によって融資業務に支障をきたしたことの影響が比較的大きかったことを示唆している。同様の分析を、輸出地域の拡大確率や売り上げに占める輸出の割合について行った場合でも、取引銀行の被災は経済的に意味のある水準で企業の輸出行動へマイナスの影響を与えている。

これらの結果は、メインバンクの被災が、本店被災によって代理される「貸出業務の遂行能力の低下」や支店網被災によって代理される「リスクテイク余力の低下」という2つのチャネルを通じて、顧客企業の輸出行動へ負の影響を与える可能性があることを示唆している。以上のように、企業にとっては外生的な金融ショックが、企業ダイナミクスの重要な側面の1つである輸出行動に対して負の影響を及ぼしていることを発見した点が、本稿の主たる貢献である。

さらに、こうした影響が、本稿の分析では取引金融機関のうちメインバンクの被災のみに着目しているにも関わらず確認されている点に注意が必要である。理論的には、企業は複数の金融機関から分散して借り入れを行うことで、特定の貸し手からのショックの伝播を軽減することが可能なはずである。つまり、メインバンクが被災した場合、企業は主たる借入先を非被災行へスイッチすることで、その影響を軽減することができると予想される。しかし、本稿の分析結果からは、そうした余地が限定的であることが伺える。本稿の結果は、少なくとも大規模な自然災害という強い負のショックが主たる取引銀行に生じた場合、たとえ貸し手を分散している企業であってもその影響を完全に遮断することが容易ではないことを示している可能性がある。このことは、大規模自然災害の発生に際して、政府が何らかの支援を行うことの必要性を示唆している。特に、本店の被災などによって、民間金融機関の融資業務が滞る場合には、業務上の支援や、一時的に代替的な資金を供給することが望ましい。勿論、政府の関与については、金融制約によって生産性の高い企業の実物的な経済活動が負の影響を受けてしまう問題(第一種の過誤)を防ぐ効果が期待される一方で、生産性が低く本来支援を受けるべきでない企業に対して不必要な支援が行われてしまう問題(第二種の過誤)も懸念されるため、企業実態を正確に踏まえた政策運営が求められることは言うまでもない。