ノンテクニカルサマリー

地域間人口移動に対する地域別政策プライオリティの影響-テキストマイニングによる政策プライオリティの定量的計測-

執筆者 尾崎 雅彦 (上席研究員)
研究プロジェクト 地域活性化システムの研究
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「地域活性化システムの研究」プロジェクト

地域間人口移動による人口変動は、域内の消費、投資および財政支出などの需要要因に影響を与えると共に、労働力を増減させることによって供給能力をも規定するため、一般的には人口増となる地域は経済の成長余力を高め、逆に人口減となる地域は低下させることとなる。特に、人口自然動態の地域差が少なくかつ人口減少局面にあるわが国では、人口の地域分布の変化は全体のパイが縮小するゼロサムゲーム的状況となっており、地域間人口移動は地域経済の成長ポテンシャルに決定的な影響を持つ可能性がある。

19世紀のラベンステインによる第2回英国国勢調査の分析によって人口移動の法則性(距離が長くなれば人口移動は減少する等)が明らかにされて以降、多数の人口移動研究が行われている。それらの研究において人口の地域間移動の要因を明らかにすることは常に重要な関心事であり、これまで賃金差、就業機会差異、人的資本効率、地域効用および心理的コストなど多様な可能性が考えられてきた。たとえば、地域における社会環境や自然環境などアメニティの違いが重要な役割を果たすとの仮定のもとで、国内外において実証分析が試みられさまざまな成果が得られたが、一方で多様な要因を表するに妥当な要因を考慮することが容易ではないことが明らかにされてきている。

本稿では、多様な金銭的・非金銭的要因を含む県民の経済的・社会的および文化的地域ニーズとそれらニーズに呼応した政策プライオリティ(経済的・社会的および文化的地域ニーズへの対応優先順位と強度:以下PP)が知事演説の内容に反映されていることに着目し、テキストマイニングにより知事演説内容を解析(経済的・社会的および文化的キーワードの出現率を算出)することで各PPの強度を定量的に計測し、人口移動を説明する金銭的・非金銭的要因の包括的代理変数として、三大都市圏と沖縄県を除く任意の2地域(都道府県)間の人口移動者数と移動元および移動先の経済的・社会的・文化的PPとの関係を、重力モデルをベースとした推計式を用いた重回帰分析により明らかにした。

その分析の結果、以下のことが明らかにされた。
(1)東北や関東といった地方ブロック間レベル(300km超)の長距離移動において移動先の経済的・社会的PPの強さと人口移動者数は有意に正の関係(吸引効果あり)。
(2)地方ブロック内レベル(100km超~300km以内)の移動では、移動元の社会的PPの強さと人口移動者数との間に有意に負の関係(引留効果あり)が見られ、また移動先・移動元双方の文化的PPの強さと人口移動者数が有意に正の関係(移動活発化効果あり)。
(3)隣接県レベル(100km以内)においては、経済的PPの強さは人口移動に影響を与えているとは言えず、移動先の社会的PPおよび移動先・移動元双方の文化的PPについては、(2)と同様、人口移動者数と有意に正の関係(移動活発化効果あり)。

以上から推測される「地域住民のニーズに対応する姿勢を示す政策プライオリティが人口移動に与える影響」は次の通りである。
A. 地域の経済的政策(景気)への地域住民の期待とそれに伴う行政の努力は、企業(転勤命令)や個人(引越)に係る意志決定に影響を与えることによって他の地方ブロックからの人口吸引を実現する可能性がある
B. 地域の社会的政策(安全)への地域住民の期待とそれに伴う行政の努力は、他の地方ブロック(300km超)および隣接県レベル(100km以内)からの人口吸引を実現する可能性がある一方で、地方ブロック内レベルでの他県への人口流出を抑制する可能性がある。
C. 地域の文化的政策(教養)への地域住民の期待とそれに伴う行政の努力は、地方ブロック内・隣接県レベルでの人口移動を活発化する可能性がある。

日本経済の成長ポテンシャル低下とともに、地域経済活性化の必要性はいよいよ高まっている。冒頭で述べた通り人口移動は地域経済活性化の鍵を握るが、各地域の地域住民と行政が間接的・直接的に政策プライオリティをコントロールすることで、特定の地域のみならず日本全体にとって、中央および地方の双方の厚生水準向上と経済成長のために効果的な人口移動とそれに伴う地域経済活性化を促すことができる可能性がある。

本研究がさらに精緻化され、3種(経済的・社会的および文化的)の政策プライオリティをブレイクダウンし、それら政策プライオリティが性別、年齢別、できうるならば職種別にどのような人口移動を促すかというレベルにまで明らかにすることが可能になれば、各地域が人口の限られたパイを無秩序に奪い合うのではなく、各地域が協調し各地域にとって必要なタイプの人的資源を必要な時に必要なだけ配する効率的な人口移動を可能とする政策ツールの1つを、日本経済は得ることができるのである。

表1:政策プライオリティの強さと人口移動者数との関係
表1:政策プライオリティの強さと人口移動者数との関係
表2:政策プライオリティ計測のための主なキーワード
表2:政策プライオリティ計測のための主なキーワード