ノンテクニカルサマリー

社会資本の生産力効果の再検討

執筆者 宮川 努 (ファカルティフェロー)
川崎 一泰 (東洋大学)
枝村 一磨 (NISTEP)
研究プロジェクト 地域別生産データベースの構築と東日本大震災後の経済構造変化
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「地域別生産データベースの構築と東日本大震災後の経済構造変化」プロジェクト

問題意識

2012年12月の中央高速道路笹子トンネル崩落事故で明らかになった社会資本の更新問題、2011年3月の東日本大震災を機に防災施設の整備など、社会資本整備をめぐる新しい課題が浮き彫りになっている。また、2012年の総選挙で「国土強靭化計画」を公約とする自民党が勝利したことで、機動的な財政出動を政策の柱の1つとする経済政策運営が進められている。しかしながら、こうした公共投資重視への回帰により、フロー効果、すなわち、景気浮揚効果ばかりに注目が集まり、長期的な効果を生み出すストック効果の検証が軽視されることが懸念される。本稿の問題意識は、まさにこの点にあり、公共投資の蓄積である社会資本が経済成長に及ぼす影響を再検証することにある。

社会資本の生産力効果の研究は、1990年代のバブル崩壊後の景気対策としての公共投資の是非が議論された時期に盛んに行われた。その後、財政制約が厳しくなる中で公共投資額が削減される中、費用対効果の検証など、効率的な配分が求められるようになっていった。こうした中、本プロジェクトで地域別、産業別のR-JIPデータベースを整備したことで、2000年以降のデータを含めた分析が可能となった。こうしたことから、公共投資の地域配分、産業空洞化を抑止できるかなど、わが国が抱える大きな政策課題に対する検証を主な研究目的としている。

結果の概要

本研究では、地域別・産業別データを使った生産関数および投資関数を推計することによって、上記研究目的の分析を行った。分析の結果は、以下の4点に整理できる。

第1に、1975年~2008年までのデータを使った分析により、約40年の間、一貫して社会資本が地域の生産性向上に寄与してきたわけではないことが明らかとなった。しかし、バブル崩壊後の1991年以降に限った分析では、社会資本が生産性の向上に寄与してきたことが明らかとなった。これは公共投資を抑制する過程で、費用対効果分析など効率的な投資が求められ、真に地域経済に寄与する投資が選別されていった可能性を示唆している。また、産業構造の変化が激しいほど生産性を向上させる結果が出た。

第2に、製造業、非製造業別の分析を行った結果、製造業では1991年以降で社会資本の生産力効果が確認されたものの、他県からの社会資本のスピル・オーバー効果は確認されなかった。一方、非製造業は1975年以降、一貫して社会資本の生産力効果が確認され、他県からの社会資本のスピル・オーバー効果も確認された。これらの結果から、社会資本の蓄積は非製造業を中心に生産性向上に寄与したものの、日本経済全体の生産性向上や空洞化を防ぐ積極的な役割を果たしたとはいえない。

第3に、生産関数の推計結果から得られる収益率およびトービンのQを計算したところ、社会資本の収益率が民間資本のそれを上回っていることが明らかとなった。また、地域配分の面では、民間資本が均等化しているのに対して、社会資本には都市と地方との間でばらつきがあった。これは公共投資が地方に優先的に配分された結果と考えられる。しかし、推計されたトービンのQと社会資本総額から市場価値を導出したところ、政府部門の負債(債務残高)を下回っており、純資産はマイナスの状態に陥っていることも明らかとなった。

第4に、「工業統計」の個表を利用し、公共投資が製造業の設備投資を活性化させたかを検証したところ、公共投資のクラウド・イン効果は確認できたものの、産業集積による波及効果は十分に確認できなかった。

図:社会資本と民間資本のトービンのQ
図:社会資本と民間資本のトービンのQ

ポリシーインプリケーション

これらの分析結果は、安部政権では公共投資の拡大が掲げられているが、景気浮揚にばかりとらわれた投資をしてしまうよりも、効率性を重視し、地域の生産性向上を考慮した配分をした方が、地域経済や日本経済全体には望ましい結果となることを示唆している。また、公共投資は製造業の設備投資の活性化には寄与したが、生産性の向上には寄与してこなかったことが示唆され、今後の成長産業への構造転換を誘発する社会資本整備が求められているものと考えられる。

つまり、機動的な財政出動が単なるバラマキとはならないように、不断の効率性の検証により、長期的な成長軌道にのせるような公共投資が必要だとわれわれは考えている。