ノンテクニカルサマリー

東日本大震災によるサプライチェーン寸断効果と自動車産業クラスターによる復興分析:地域CGEモデルを用いて

執筆者 徳永 澄憲 (筑波大学)
沖山 充 ((株)現代文化研究所)
阿久根 優子 (麗澤大学)
研究プロジェクト グローバル化と災害リスク下で成長を持続する日本の経済空間構造とサプライチェーンに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第三期:2011~2015年度)
「グローバル化と災害リスク下で成長を持続する日本の経済空間構造とサプライチェーンに関する研究」プロジェクト

自動車産業における「サプライチェーンの寸断」という形での負のサプライショックは、今回の東日本大震災によって初めて発生した事象ではない。過去にも中越沖地震や愛知県内の自動車部品工場の火災などによって自動車組立に必要な部品を供給することができず、一部の自動車組立工場が数日間操業を停止する事態が発生している。しかし、今回の東日本大震災によってこの事象がクローズアップされたのは、自動車に搭載するマイコンを製造していた茨城県内の工場が被災したことで、国内の多くの自動車組立工場がかなりの期間にわたり操業停止を余儀なくさせられたからである。さらに、こうした事態が国内の工場のみならず、欧米の工場まで操業停止に追い込んだ。そして、東日本大震災の半年後に発生したタイの洪水によって、全く同じ事態を日本の自動車・自動車部品メーカーは再び経験することになった。

こうした事態を引き起こした直接的な要因は、2~3万点に及ぶ部品供給の中で1点の基幹部品の供給が全くストップしたことである。しかし、こうした事態に陥る構造的な背景として自動車組立・自動車部品産業が組立メーカーを頂点とし、一次部品メーカー、二次部品メーカーといった形でピラミッド構造を構成していることがある。しかも、今回の事態によって明らかになったことであるが、それが一部の下部構造において搾られたダイヤモンド型となっていたことを指摘できる。さらに、こうした事態を深刻化させたのは、経済のグローバル化の結果、国内に止まらず海外にも負のサプライショックをもたらす構造になっていた点である。

そこで、各自動車メーカーはこうした事態を検証するとともに、今後の対策として複数工場での同一部品の生産や一定水準の在庫積み増しなどを系列の自動車部品メーカーに要請する一方で、こうした大規模震災に備えた「事業継続マネジメント」計画を策定している。本論文は、こうした被災地域とその他地域において今回の震災で発生した「自動車のサプライチェーン寸断」を踏まえ、地域内における新しい自動車産業クラスター形成のあり方を提示している。

本論文の分析結果について要点のみ紹介する。1つは、東日本大震災直後に発生した被災地域とその他地域の「サプライチェーンの寸断」という形での負のサプライショックについてモデル分析の結果を紹介する。もう1つは、現在被災地域で自動車産業の集積がみられる中、こうした自動車産業クラスターの形成に向けてどのような施策が望ましいのかを述べる。

まず、下図に示したように被災地域で生産する自動車部品が基幹部品であるのか、それとも汎用性の高い部品であるのかに分けて「負のサプライショック」を計測すると、被災地域の生産量の減少が倍以上になったとしても、その部品の汎用性が高ければその他地域の生産へのマイナスの影響度は同程度にとどまることがわかった。一方、被災地域の自動車部品・自動車製造に対して、同地域から供給される生産ピラミッドの下部に位置する素材・中間財の生産減少が及ぼす「負のサプライショック」を、素材・中間財の汎用度の違い毎に計測すると、素材・中間財がその他地域から調達しにくいものであればあるほど、その産業の生産減少が被災地域の自動車部品や自動車製造の生産に及ぼす負の影響が大きくなることがわかった。

次に、大震災以降の各産業の復旧・復興のために財政措置が現在執られている中、被災地域への財政移転の一部を使って被災地域に自動車産業クラスターを形成する施策を実施した場合の効果を考察した。分析の結果、自動車産業の生産ピラミッドを構成する産業への補助金を増額する形で自動車産業クラスター形成に充当すると、財政移転を実施する期間において明らかに自動車産業の生産量の増加、資本ストックの積み増し、労働者の増加に貢献するとともに、被災地域の地域経済や家計に対してもプラス効果をもたらすことがわかった。特に、自動車産業の生産ピラミッドを構成する製品の汎用性が高いほどこの効果は大きい。また、復興財源を負担すると想定した被災地域以外の地域の自動車産業に対してもプラス効果が働くこともわかった。しかし、こうした被災地域への財政移転期間が終了すると、自動車産業とその関連産業の生産量は他産業よりも減少することになり、持続的に発展することは難しいという結果を得た。したがって、自動車関連産業の生産を維持・拡大しようとするならば、財政移転が終了した以降も追加的な施策が必要となる。たとえば、被災地域の法人税減税措置などを実施すると、被災地域の自動車産業クラスターは継続的に発展することができ、被災地域の地域経済の発展に貢献するという結果が得られた。