ノンテクニカルサマリー

省エネルギー技術開発と企業価値

執筆者 枝村 一磨 (科学技術政策研究所)
岡田 羊祐 (一橋大学)
研究プロジェクト 大震災後の環境・エネルギー・資源戦略に関わる経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「大震災後の環境・エネルギー・資源戦略に関わる経済分析」プロジェクト

問題意識

日本は自然界に存在する石油・石炭・天然ガス等の一次エネルギーに恵まれず、国際エネルギー機関 (IEA:International Energy Agency) の定義による「エネルギー自給率」は、2009年に14.7%となっており、他の主要先進国と比べて相当に低い水準にある 。したがって、エネルギー価格の動向が生産活動や企業利潤に与える影響も大きい。こうした事情から、エネルギーを節約する技術(以下、「省エネ技術」)の開発が、特に石油ショック以降に活発に行われ、日本のエネルギー効率を大いに高めてきた。実際、エネルギー消費量と実質GDPとの比率で測ったエネルギー効率は世界最高水準にあるといってよい(IEA, 2011, 2012)。しかし、近年の石油価格高騰や東北大震災による原子力発電所の停止に伴う化石燃料の輸入の急増を背景に、太陽光等の自然エネルギーとともに、省エネ技術への関心がふたたび高まりつつある。

そこで本稿では、省エネ技術に関する無形資産を独自に定義して、通常の無形資産と省エネ技術に係る無形資産のそれぞれが企業価値(トービンのQ)に与える影響を分析する。また、企業間の技術的類似性を考慮したスピルオーバー・プールを、個々の企業の特許全体および省エネルギー特許のそれぞれ毎に計算して、これらのスピルオーバー効果が企業価値に与える影響も分析する。

結果の概要

下図は、本稿で定義した省エネ技術特許の5分類別の出願件数の推移を示したものある。これを見ると、省エネ技術に関連した特許出願件数は2002年頃がピークとなっており、最近は減少傾向にあることが分かる。1992年から2007年までの製造業に属する上場企業の特許データを用いて分析を行った結果は、以下の2点に整理できる。

第1に、無形資産の蓄積が企業価値に与えた影響に関する分析結果であるが、無形資産および省エネ技術を除く無形資産の蓄積は、企業価値を向上させることに寄与していることがわかった。これは先行研究とも整合的である。一方、省エネ技術に関する無形資産の蓄積は、企業価値を減少させていることが分かった。省エネ技術の研究開発の成果物は、開発した企業の属する産業以外にも、多くの産業分野であまねく利用される可能性が高い。また、発電技術やエネルギーシステムに係る技術のように、その成果が製造物やシステムのなかに体化(embodied)されている可能性も高い。このように、省エネ技術については、それを研究開発する産業(industry of origin)と、その成果物を利用する産業(industry of use)とが乖離している可能性が高い。その場合、企業価値への影響は、省エネ研究開発の成果を個々の企業がどれだけ専有化できるか(appropriability)に依存する。省エネ技術は極めて汎用性が高いので個別企業による専有化が難しく、したがって、もし省エネに関する研究開発の成果をフリーライドすることが容易であるとすると、省エネ関連特許から導出した無形資産ストックが当該企業の価値にプラスの影響を与えるとは必ずしもいえなくなる。

第2に、スピルオーバーが企業価値に与えた影響に関する分析結果であるが、無形資産や省エネ技術のスピルオーバーは、企業価値の向上に寄与していることが分かった。スピルオーバーによって自社以外の企業の研究開発の成果物を利用しやすい状態にある企業ほど生産性が向上し、市場競争上、優位に立つことで企業価値が向上する可能性がある。一方、スピルオーバーをより多く享受できる企業はそれだけ他社との技術的類似性も高いことを意味する。その場合、スピルオーバーが大きいということは製品市場の競争が激しいことを意味し、企業価値を損なうことになる。われわれの推計においてはスピルオーバー効果が企業価値の向上に寄与しているという結果を得ており、企業間の技術距離と市場における競合度とは強く相関していない可能性を示唆している。製品市場で競合するライバル企業に技術が流出することは当該企業の価値を低めるはずであるが、そのような事態は少なくとも集計レベルでは生じていない。

図:省エネ技術関連特許出願件数の推移
図:省エネ技術関連特許出願件数の推移
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ポリシーインプリケーション

省エネ技術に関するスピルオーバーは企業価値の向上に寄与し、省エネ技術に関する無形資産の蓄積は企業価値を減少させるという結果から、省エネに関する研究開発投資が最適水準にはない可能性が指摘できる。省エネ技術の研究開発を最適水準に誘導するための政策的サポートが、日本企業の企業価値を向上させる可能性があるといってよい。この点、本稿では省エネ技術に焦点を合わせた分析を行ったが、今後さらに、自然災害からの復興に貢献する技術や再生可能エネルギー等のグリーンイノベーション関連技術、医療や介護等のライフイノベーション関連技術等についても、本稿と同様の検討を行うことが望まれる。これによって、政策的支援をより効果的に行うための基礎的情報を提供することができるだろう。