ノンテクニカルサマリー

日本企業の温室効果ガス排出の空間的相関と立地パターン

執筆者 大久保 敏弘 (慶應義塾大学)
Robert J.R. ELLIOTT (バーミンガム大学)
Matthew A. COLE (バーミンガム大学)
Ying ZHOU (バーミンガム大学)
研究プロジェクト 新しい産業政策に関わる基盤的研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

新しい産業政策プログラム (第三期:2011~2015年度)
「新しい産業政策に関わる基盤的研究」プロジェクト

地球温暖化が急速に進む近年、温室効果ガス削減に関して国際的枠組みを決め、日本も温室効果ガス削減のためのさまざまな環境政策を行ってきている。日本の環境政策・規制はここ数十年、功を奏しているとも言え、環境効率は高まっているようである。下図はCO2排出を時系列でおったもので、1人当たりCO2排出量は近年頭打ちに、GDPあたりのCO2排出は減少している。しかし、製造業における排出は経済全体の排出の大きい比率を占めるため、経済成長を維持しつつも、製造業からの温室効果ガス排出を抑制することは大きな政策課題である。

本論文では、企業・事業所の二酸化炭素排出(生産単位あたり)の空間的相関の有無に関して実証分析した。空間的な相関が重要な視点になるが、これは地理的に隣接した近隣企業の環境対策、温室効果ガス排出が相関しているか否かを意味する。推計の結果、空間的な相関がみられることが分かった。さらに、相関は100km圏内で有意に見られることが分かった。

図:震災前後の労働者分布の変化予測
図:震災前後の労働者分布の変化予測

政策的インプリケーション

1、汚染排出の空間相関メカニズム
汚染排出・環境対策の空間相関はさまざまな背景が考えられる。第1にスピルオーバー効果。近隣企業との企業間で労働者が移動することで環境技術や環境マネージメントが地域的に共有される。しかし、日本においては環境政策が厳しいこともあり、外国資本の企業(環境水準の厳しい国からのFDI)から地元企業へのスピルオーバーは起こっていない。第2にRace to Bottom効果。厳しい環境規制の地域では、地域面積も限定されており、規制当局の監視や住民の目も厳しく、「問題企業」とレッテルを張られないように常日頃から、汚染防止に努め、環境経営を率先して行う。結果、近隣の企業間で環境対策の競争になるだろう。第3に隣接する大企業の効果。汚染集約的な産業の大企業が立地する地域へは規制当局も頻繁に訪れるため、近隣周辺の中小企業も監視の目を恐れて環境対策を行うだろう。第4にデモンストレーション効果。環境対策に積極的な企業はクリーンなイメージやブランドにも影響し、立地する地域からの評判も良くなる。これにより近隣企業も見習って、環境対策に積極的になるだろう。

2、政策の意思決定レベルと規制範囲
環境規制は主に国レベルで規制されてきており、それを補完する形で地方自治体の条例により規制している。しかし、企業間で空間的に相関しており、100km圏内で相関があるという結果から、市町村レベルの規制が有効である可能性がある。国での一律規制よりも、よりきめの細かい地域限定の規制により、排出ガスの総量を減らすことができるだろう。

3、公共政策、市場メカニズム、地方分権
しかしながら、経済成長の維持や経済全体の効率を考えれば、地域的に直接規制をかけるというよりは、地域的な相関と市場メカニズムを生かした公共政策が有効であろう。たとえば、環境税や補助金、汚染防止投資関連の補助金や融資制度などを市町村レベルで自由に行う。または、排出量取引市場を地域的に行い、地域間取引を認めるというのも一案だろう。この場合、地域間でどのように排出権を割り当てるか、日本の都市と地方の関係、東京一極集中の是正を考慮した上での制度設計が必須だろう。経済学の研究面からは、日本の地域を意識したさまざまな計量・実証分析や制度設計のための理論研究が今後ますます必要となるだろう。最後に、このような制度設計の前提には地方分権や特区の指定などの推進が欠かせない。