ノンテクニカルサマリー

賃金構造の官民比較

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第三期:2011~2015年度)
「サービス産業に対する経済分析:生産性・経済厚生・政策評価」プロジェクト

問題意識

行政サービスは経済的に大きなシェアを持つサービス・セクターであり、その効率性は一国の経済パフォーマンスに大きく影響する。官民を問わず賃金は労働者にとって重要なインセンティブであり、その構造(賃金体系)はサービスの質を含めた行政の効率性に深く関係する。実際、海外のいくつかの研究は、公立学校の教職員、自治体の首長等の相対的な給与水準が、労働者の質や行政サービスの質に対して有意な影響を持つことを示している。

日本を含め多くの国では公務員の賃金設定において「民間準拠方式」が採用されている。これには、国民・市民の目から見た公平感という事情が強く関わっているが、公的部門を含む労働市場全体の効率性とも関連している。仮にあるタイプの労働者において公的部門の賃金水準が過大であれば採用において非効率な割当が行われることになるし、逆に公的部門の賃金水準が相対的に低ければ、必要なスキルを持つ労働者を採用することが難しくなり、行政サービスの質に対してネガティブな影響を及ぼすことになるからである。

欧米先進国では、公務員の賃金構造に関して多数の実証研究が行われているが、日本では研究者の手によるフォーマルな分析は少ない。このような状況を踏まえ、本稿は、「就業構造基本調査」(2007年)のミクロデータを使用して賃金関数を推計し、官公庁と民間企業の「賃金構造」を比較する。

分析結果の要点

(1)官公庁の賃金構造は民間企業と比較して、男女間賃金格差が顕著に小さい。男女間賃金格差が官公庁で小さいという結果は、定性的には主要先進国における多くの研究結果と同様だが、欧米諸国の結果と比較すると日本では官民の男女間賃金格差の差が量的にかなり大きい。また、民間企業では結婚が女性の賃金に大きな負の影響を持っているが、官公庁では民間企業に比べて結婚が就労を続ける女性の賃金に及ぼす影響が小さい。
(2)官公庁の賃金は民間企業と比較して、大学・大学院を含む学歴間賃金格差が小さい。このような賃金体系の違いは、たとえば国立研究所や独立行政法人形態の研究機関において、優秀な高等教育修了者を採用するのに困難がある可能性を示唆している。
(3)年齢や勤続の効果を見ると、官公庁は年齢による賃金格差が大きく、年齢賃金プロファイルが民間企業に比べてスティープである。
(4)地域別に見ると、個人特性をコントロールした上で都道府県間の賃金格差が官公庁は小さく、民間企業の賃金水準が低い地方部で官公庁の賃金が相対的に高い傾向がある(下図参照)。
(5)個人特性をコントロールした上で、同じ観測可能な属性を持つ労働者間での賃金のばらつきを見ると、民間企業よりも官公庁の方が分散が小さいとは言えない。

政策的含意

官公庁は民間企業とはいくつかの点で異なる賃金構造となっており、労働市場の均衡と乖離している可能性がある。たとえば、大学・大学院賃金プレミアムが相対的に小さいという点は、行政サービスの専門性が重要となる中、スキルの高い高学歴者の採用に当たって深刻な影響を持つ可能性がある。

地域間賃金格差が小さいことは、地方部で質の高い労働者が民間企業ではなく地方自治体等を選択する傾向を強める一方、東京都をはじめとする大都市圏では質の高い職員の採用を困難にしている可能性がある。

「ラスパイレス指数」は、賃金比較のための簡便な手法として頻繁に使用されるが、その計算において大学院が明示的に区分されていないこと、地方公務員に関しては物価水準や民間賃金の地域差が直接には考慮されていないことなど多くの限界があり、数字を解釈する際には十分な注意が必要である。多様な行政サービスの効率性を確保するため、公務員の賃金を議論する際には単なる平均値の官民比較ではなく、労働者の各種属性や地域を含めて賃金構造全体を考慮することが必要である。

図:官公庁と民間企業の地域間賃金格差(専門・管理・事務職種, 東京都=0)
図:官公庁と民間企業の地域間賃金格差
(注)性別・学歴・年齢・勤続年数をコントロールした上での都道府県ダミーの推計値(参照基準は東京都)。たとえば、-0.10は東京都に比べて10%賃金が低いことを意味。